Chapter2②
2.1
太陽は沈み、空には夜の色が染み渡った。
次第に輝きを増す星々は、集落跡地を爛々と照らしている。
その集落跡地で野宿することにしたタクマたちは、焚き火を熾し身体を暖めていた。
サジの言う通り、タルシス地方の夜は気温が低い。
焚き火の傍でマントに包まり、タクマとサジは熱いスープを口にする。
「明日の午後には、プレイヤータウンに着けるはずだよ」
「まぁ予定通り……ん?」
タクマが会話の最中、何かに気づく。足音だ。
それも一人や二人ではなく、大勢の人間の足音が聞こえてくる。
足音は集落跡地の入り口から次第に近づいてきて、同時に人の話し声も聞こえ始めた。
中心部にやって来た足音の正体は、二十人程のプレイヤー集団である。
それぞれが多種多様な装備を身に付けているが、その集団には一つだけ共通点があった。
装備品の一部に共通の紋章を飾り付けているのだ。
集団の先頭を歩く甲冑姿のプレイヤーが、タクマたちに気づき声をかける。
「お? こんばんわ。どこのプレイヤーさん?」
「こんばんわ! 僕たちはマールスの跡地から来たんだ」
挨拶をして、尋ねてくる彼にサジは答えた。
「マールスか。ってことは、目的地はプレイヤータウンだな?」
「そうだね。ところであなたたちは?」
今度はサジから質問する。
「うちらは、そのプレイヤータウンから来てんだ。カロッツェだ、よろしくな!」
【名:カロッツェ 職:聖騎士LV:38】
スキンヘッドに優しそうな双眸、愛想も良く仏のようだ。だが、体格は顔に反比例するかのように強靭に鍛え上げられ、筋肉質な二の腕や太腿が甲冑の隙間から見える。
カロッツェと名乗るプレイヤーは、右手を差し出し握手を求めてきた。タクマとサジは、握手を交わし名乗る。
「サジだよ、よろしくね!」
「俺はタクマだ。よろしく」
自己紹介を済ませると、カロッツェは後ろに控えるプレイヤーたちに指示を出し始めた。
「よーし、んじゃ二班は焚き火を熾して食事の準備だ! 三班は戦利品の確認と消耗品の補充頼むぞ!」
指示を受け、プレイヤーたちから返事が飛び交う。
「了解!」「はーい」「オッケーです」
どうやら、ここのテントはカロッツェたちの設備のようだ。
カロッツェの指示で忙しなく動き始めたプレイヤーたちは、テントを出入りし、持ち出したランタンに明かりを灯した。
数人のプレイヤーが焚き火を熾し、集落跡地の中心部には暖かい空気が広がる。
「これも何かの縁だ。一緒に飯でも食おう」
指示を出し終え、再びタクマたちに声をかけるカロッツェ。
「悪りぃな、助かるわ」
タクマの返事に、カロッツェは気にするなと笑った。
その後、カロッツェたちが用意した食事をタクマとサジは分け与えてもらい、焚き火を囲んだ夕飯は賑やかなものとなる。
まるでキャンプファイヤーのようだ。
焚き火の前に座るタクマ、サジ、カロッツェは用意された料理をつまみながら話している。
「カロッツェたちは、何故ここで野営してるんだ?」
タクマは、初めに彼らの目的を尋ねた。
「うちらはギルド〈バレンシアファミリー〉のメンバーでな。ギルドマスターの指示で、ここに派遣されてんだ。理由はイベントに備えるためだな」
「バレンシアファミリー? イベント?」
聞きなれない言葉にタクマは戸惑うが、サジがそのことに気づき説明をしてくれる。
「〈バレンシアファミリー〉は、βテスト時代から存在する大きなギルドだよ。タルシス地方のプレイヤータウンで一、二を争う大きな規模のね」
βテストとは、PPOが正式に販売されサービスを開始する前に行われていた試験運用の期間だ。応募者の中から当選した五千人がβテストに参加し、PPOをプレイしていた。
「ああ、今は二千人ぐらいのプレイヤーが在籍してるな」
「そいつはすげぇな……」
カロッツェの言う、桁違いな人数にタクマが驚くのも無理はない。
マールスの跡地に残るプレイヤーは百人程、その二十倍の人数が一つの組織に属しているのだから。
また、カロッツェたちプレイヤー集団が装備に飾り付けしている紋章は、ギルド毎に作成されたもので、誰が何処のギルドに所属しているか判別するためにあるそうだ。
〈バレンシアファミリー〉の紋章には、交差する二本の剣と女神らしきものが描かれている。
「それでイベントっていうのは、仮想現実内で不定期に発生する……んー催し物みたいなものかな。イベントには様々な内容があるけれど、共通しているのは期間限定ってこと」
「なるほどな。カロッツェたちが備えてるイベントっていうのは?」
話の流れを理解し、タクマは再び尋ねた。
「知ってると思うが襲撃イベントだ。あれは一種の災害だからなぁ。いつ発生しても良いように〈バレンシアファミリー〉では、一部のメンバーをプレイヤータウンの周辺跡地に派遣してるってわけだ」
カロッツェは誰でも知っているかのように話したが、タクマはまたしても不可解そうな表情を示した。
「サジ、襲撃イベントって?」
「えーっとね、モンスターの大群がプレイヤータウンや各跡地を襲撃してくるイベントだよ。
初心者向けにモンスターのLVを低く設定してあって、都市や町の防衛を通じて、他のプレイヤーと交流を図るのが目的のイベントなんだけど……」
言い淀むサジの表情は暗い。
「だけど?」
続きを促すタクマに、カロッツェが答えてくれる。
「厄介なことに襲撃してきたモンスターを放っておくと、町の建物や設備に被害がでるんだ。
サービス開始当初は、ログアウトできない状況にうちらも焦っててな。どの跡地もイベントにかまってる暇なんかなくて、放置してたんだが」
「わかったぜ。落ち着いた今は、そのイベントを放置するとプレイヤータウンが被害を被る。だから、監視活動をしてるってことか」
タクマは理解し、サジとカロッツェもそれに頷く。
その後のサジの話によると、タクマとアサミがログインしてくる以前に、マールスの跡地も襲撃イベントは発生していたようだ。
プレイヤーたちが絶望し鬱ぎ込む要因の一つになったのは、間違いないだろう。
この話を聞き、カロッツェはタクマがつい最近ログインしたことを知る。
タクマは現実世界のことやログインした理由などをカロッツェに説明しながら、食事を済ますことにした。
食事を終えたカロッツェは、〈バレンシアファミリー〉のメンバーを集め夜間の監視体制を確認する。交代で見張り番を立てるようだ。
タクマとサジは、明日に備えて身体を休めた。
2.2
翌日、〈バレンシアファミリー〉に朝食をご馳走になったタクマとサジは、再びプレイヤータウンを目指し出発する。
出発間際、カロッツェは二人に便宜を図ってくれた。
「お前らの話は興味深い。現実世界に帰還できるかもっていうのは特にな!
そこでだ、プレイヤータウンに着いたら〈バレンシアファミリー〉の本部を訪ねてみてくれ。この手紙を渡せば、マスターに面会させてもらえるだろう」
カロッツェはそう言うと、サジに手紙を渡す。
「きっとマスターなら力を貸してくれると思うぞ」
「ありがとう! ぜひ訪ねてみるよ」
タクマとサジは、礼を述べカロッツェに別れを告げた。
集落跡地から西側、シドニア大陸西部。
そこは険しい山々が連なり、タルシス火山群と呼ばれている。
標高千メートルを超える山々は、まるで大陸を分断するかのように北から南へと繋がり、巨大な壁を成していた。
仮想現実内での噴火活動は設定されていないが、テラフォーミング時代には度々、噴火活動が確認されているそうだ。
荒野を抜け、タルシス火山群の麓を南下するタクマとサジ。
起伏の激しい麓の道は、前日の荒野に比べるとかなり歩きづらい。
足下の岩を避けながら歩くタクマは、ふとサジと初めて会った時の会話を思い出す。
ーー「タルシス地方の都市には、いろいろ問題があってね。三日前にこのマールスの跡地に戻ってきたんだ」
たしかに、サジはそう言っていた。タクマはその事をサジに尋ねる。
「なぁ、サジ。前に都市には問題があるって言ってたよな? その都市ってプレイヤータウンのことだろ?」
「うん。そうなんだけど……」
曇るサジの顔から、厄介な問題があるのだとタクマは察する。
「カロッツェが話していた襲撃イベントとは別か?」
「あの件も問題の一つだね。でも……もっと深刻な問題があるんだ」
サジは苦々しい表情を露わにし、陰惨な都市の出来事を話し始めた。
タルシス地方のプレイヤータウン、そこにはプレイヤーによる『虐め問題』が存在する。
PPOの世界には、プレイヤー同士による対戦機能などは無い。
プレイヤーからの武器を用いた攻撃、殴る蹴るなどの行為、魔法や特殊技の発動など、それらによって他のプレイヤーのHPを削ることは出来ないのだ。
当然、プレイヤーを殺害することも不可能である。
しかし、このシステムには見落としがあった。
プレイヤーからの攻撃を受けると、システム上はダメージが無いが、仮想現実機能の一つとして痛覚を刺激する情報が送信される。
結果として、攻撃を受けるプレイヤーはモンスターとの戦闘時と同じく、痛みを感じてしまう。
『虐め問題』は、このシステムの見落としによって発生したもので、痛みを脅迫の道具として、他者を虐げ従わせる悪質なプレイヤーたちが現れた。
彼らは徒党を組み、自分たちより弱者だと判断した者を隷属させていったのだ。
「……ガチで胸くそ悪りぃ話だな」
タクマはそう言い放つ。表情には露骨に怒りの色が浮き出ている。
「そのプレイヤーたちは、〈LoJ〉っていうギルドを作り都市郊外にのさばっているんだ。気弱なプレイヤーや未成年の子を標的にして」
「都市には六千人近いプレイヤーがいる。でも、誰も助けようとしなかった……僕も。自分が標的にされるのが嫌で……」
サジの表情がさらに歪む。自分自身を責めているのだろう。
タクマはそれを理解し、口を噤んだ。
この話で初登場となるカロッツェ。優しい顔したスキンヘッドっていう容姿は憧れでもあります(笑)