頼まれていたものを忘れる
工場に帰ると、荷物をおろす先に僕は女性陣に囲まれた。
とうとうモテ期到来かと内心ほくそ笑んでいると、言われた。
「持ってきてくれた? 戦闘糧食と野戦釜」
オタマを片手にマミが言う。
レーション?
「ヘルメットはあったんですか?」
マリナと梓が言う。
そういえば、僕がしている自衛隊のヘルメットと同じやつが欲しいと、出発前に言われた気がする。
「新しいカーテンは探してきたんだよね?」
阿澄まで、一緒になって僕を責める!
出発前、眠い頭で荷物をまとめているときに、後ろで何やら言っているな、と思っていたが、あれやこれや持って来いと頼んでいたとは。
全部聞き逃したので全部持ってきていない。
「ごめん、忘れた。本当にごめん、次は探してくるから……」
「次がいつかなんてわからないでしょ!」
「はぁ、工事用ので代用するんでもういいです」
「カーテンすら満足に持って来られないなんて……」
酷い言われようだ。
そりゃあ向こうは頼んだ気になっていて、持ってくるのを待っていたのだから落胆するのは別にいい。
しかしそれにかこつけて人格まで否定されるとは!
こんなことがあっていいのか! 団結は? 友情は?
「あなたが寝起きぼうっとしてるのは知ってたけど、まさかこれほどとは思わなかったわ」
唯一、マミがその場に残って、励ましなのか追い打ちなのか判然としない言葉をかけてくれた。
「ごめんよ……」
「もういいわ。おかえり。夕食にしましょう」
もう夜も更け始めている。
荷物おろしは明日やることにして、僕たちは工場に入った。
他の面々が二階にあがっていくとき、最後尾にいた僕はユキに呼び止められた。
例によって彼女は出処不明の白衣を着ている。
「ねえ、あれ持ってきてくれた? 火災防護衣とクロロスルホン酸と酸素ボンベ!」
「それは頼まれてないよ」
口をあんぐり開けて立ち尽くしているユキを尻目に、二階に逃げた。
頼まれてもいないことで怒られるのはごめんである。
「えー、今日は予定していた戦闘糧食が手に入らなかったので、変更してパンの缶詰にサバの水煮を挟んだサバサンドです。焼いて味付けしてあるのでそのまま食べてくださーい」
二階ではマミが献立を発表していた。
明らかに非難を含む言い方だ。
「へいへい、僕が悪うござんした」
これは二三日はいじられる覚悟をしないとダメだ。
こんなことならもっとちゃんと聞いておくべきだった。
レーションなら僕も食べてみたい。
「皆さん! 聞いてください」
今度は田中が何やらおっぱじめようとしている。
外で一泊して疲れているのだ。
食事して眠らせてほしい。
「田中さん、今日は一日考えてたんですよ」
そっと右雄が耳打ちしてくれる。
考えてた? 何をだ。
「君のハートにエボリューション! ショートコント、釣り。君さあ、大漁だよねえ、どんな餌使ってるの? え、ルアーだよ。ルワンダ!」
どこからか持ち出してきた地球儀を手に、田中は懐かしいゴー☆ジャスのネタを披露する。
「はいここ、ルワンダ!」
「そこは太平洋だ。それに進化じゃなくて回転だ。クオリティ低いぞ」
サバサンドをぱくつきながら適当に評する。
というより評するまでもなく下手すぎる。
彼にツッコミを入れたのは僕だけで、他の人は見てさえいなかった。
耳打ちをした右雄すら見ていなかった。
なぜ一日中考えていたのを知っていて、見てやらんのだ。
ショックを受けた田中は、自分の分のサバサンドを手に窖に潜った。
可哀想に、笑いの女神は彼には微笑まなかったらしい。
「アハハ! なに今の声。サイコーなんだけど!」
ユキが声を聞きつけて二階にあがってきた。
惜しい。もう少し早く来ていたら、田中のショックも和らいだろうに。
「私もやる! 解決方法!」
「レボリューションな」
サバサンドはどうやって調理したのか、店で出せる級の美味さだった。
美味い料理に下手な芸。
奇妙な組み合わせも案外わるくないもんだな、と僕は思った。
あ、眞鍋の紅茶を飲ませてもらうのを忘れた。




