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西立川事変/長文

挿絵(By みてみん)


第一優先目標である武器の確保を実行に移すべく、人員を選択してイワンの装甲車に乗り込んだ。

こんな暮れの時期にまで延長してしまったこと自体が想定外だ。

もし大雪になれば、装甲車にとっては何の苦もないとはいえ、視界が遮られるので危険が増す。


それにどれだけ積もるかなど素人には予測できない。

東京で観測されたうちでも記録的な積雪量となった2014年、千代田区では39cmもの雪が積もった。

ロシア製走行輸送車の前には屁でもない数字かと思いきや、状況によっては立ち往生してしまう場面もあるとういう。

過信は禁物だ。


しかしグダグダ言っているわけにはいかない。

まずはイワンの新居に行き、装甲車の中身を空けなければならない。

駐屯地の武装を積めるだけ積むためだ。


人員は五名。

イワン、中島、僕、眞鍋、トモヤだ。

中身は濡れたら困るとのことなので、車を正面玄関から敷地内に入れて、生け垣やブロック塀をなぎ倒しながら中庭まで行き、例の怪物がぶち割った大窓から中のエントランスに物資を仮置きする手はずとなった。


時は金なり。

ホイホイと手渡してくるイワンから物資を受け取って、バケツリレーの容量でエントランスに運んでいく。

イワンが持っているときの表情や動作はまったく当てにならず、まるで紙コップでも持っているかのような機敏さで手渡された箱は、30kgを超える重さだったりした。


そしてやけに重そうに持っているな、と思ったものは軽く、力を入れすぎた僕は勢い良く箱を顎にぶつけた。

勘弁してほしいぜ、まったく。


こればかりはイワンも隠せないと思ったのだろう。

ぞろぞろと出てくる弾薬箱。

ざっと見繕っても数百万発はある。


日本にいると感覚が麻痺してくるが、銃社会では個人でも数千発の銃弾を所持していたりする。

もちろん、健全で善良で子羊のような市民は、銃弾どころか高枝切りバサミさえ持っていない。

これが密輸業者だったりすると、数百万発、数千挺の銃を隠しているというから驚きだ。

たまに警察に押収されてニュースになる。

もしやイワンは悪い仕事をしていたのではあるまいな……。


「さて急ぐよ。駐屯地までの道は整備してないから、チンタラしない」

イワンに急かされて、皆装甲車に乗り込む。

その際に僕はチラとエントランスの奥を見た。


前に来た時に仕掛けておいたクレイモア地雷が作動したあとがある。

茶色く固まった血だまりが、マンションの一室に続いている。

今日の目的は怪物の殲滅ではないから、放っておくしかない。

ユキがこのマンションを諦めないのは甚だ疑問だ。


車が発進する。

道が狭く、来た時のようにスムーズに出られないので、塀と生け垣を破壊して道に出る。

おーおー好き勝手やりなさる……!

僕はウルージと同じ気持ちになった。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



駐屯地に向かう道すがら、巨大な退治の形をした怪物と遭遇した。

装甲車の行く手を阻んで道を塞いでいる。

駐屯地に行くにはこの道を通るのが一番良く、他の選択肢は考えられない。


しかもここまでの道中、かなりの時間をかけて道を空けてきたのだ。

ここで引き返せば、また別の道を整理しなおさなければならない。


僕は静かに下車して、ダネルMGLにM433多目的擲弾を詰めた。

貴重な弾だ。

何に使うのか知らなかったので使っていなかったが、通常の擲弾が爆発のダメージを与えるのに対し、こちらの多目的弾は貫通力に優れているのだという。


「ごめんよベイビー、また会う日まで」


ダネルMGLの射程は300m超。

当たれば致命傷だ。

擲弾は怪物の尻の肉にあたった。


爆音と悲鳴が合わさって、心臓がズシンと下に降りてくる心持ちがする。

効き目はある。

次弾を発射。

全速力でハイハイして進んでくる怪物の眉間に命中ヒット

車に戻った。


「見たことやつだったな。遠くだったからイマイチ能力がわからなかった」

「あの、あれと同じ奴を多摩のあたりで見かけました」

トモヤが言った。


「多摩で? そんなところからハイハイしてきたのか」

「だと思います」


こんな調子に種類が増えれば、いずれ怪物図鑑が作れそうだ。

円谷プロも真っ青の大怪獣図鑑である。


「あらやだアタシお弁当忘れちゃった。イワン様に渡そうと思ったのに。ごめんなさァい」

中島がトートバッグをガサゴソやっていたと思ったら、弁当の話だった。

「弁当? 食料なら積んできたじゃないか」

眞鍋が言う。


「分かってないわねえ眞鍋っちは。いい? 男の人はね、“弁当”の響きにソソられるのよ。その場で作ったんじゃ意味が無いのよ。事前に作ってきてあるってことが重要なの。言われたことない? “剛志くん、あの、私お弁当つくって来たんだけど、よかったら一緒にどう?”ほら、ソソるでしょ」


「言われてみれば、そうかァ。いいもんだなあ……」


なんだかんだで仲の良い中島班。

中高の頃のあだ名は「おっさん」だったという眞鍋。

隣室の田嶋晴海に世話をやかれて、ときめいてしまうのが最近の悩みだという。


そんな彼は今、オカマの中島から「弁当」の響きについて諭されて、感心している。

なんだこれは。

僕は殴られるのが嫌だからあえて突っ込まないが、なんだこれは。


どうして弁当の話になったかというと、作戦が一泊二日だからだ。

米軍基地にいたよう、駐屯地にもゾンビがいると踏んでの計画だった。

荷物をマンションに移すのに時間を取られ、道中何度か戦闘があり時間を取られ、そういった細々とした時間を予想して、どうしても一泊しなければイカンと判断したのは正しかった。


駐屯地に着いたときにはもう日が暮れていた。

ベテルギウスが光っているので時間感覚が掴みづらい。

駐屯地内の敵殲滅と、装備品奪取は明朝早くに決行される。


僕たちは駐屯地側の民家の小屋に車を停めて(デカイので半分が外に出ていたが)休息をとった。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



ゾンビも朝は眠いらしい。

というよりも彼らは夜型だから朝に眠るのだ。

眠っている所を見たことがないので、実際に目をつむって寝ているのかはわからない。


だが朝のゾンビは動きが鈍く、従来の3分の1程度の歩行速度であることはわかっている。

深夜のゾンビでさえよちよち歩きなのだ。

その3分の1なのだから恐れるに足りない。


鉄柵を突破して敷地に潜入、わざと音をたてるのは、随時発見して倒すよりまとめたほうが早く済むからだ。

イワン、中島、トモヤが捜索に出て、僕と眞鍋が車に残る。

敷地内外から来た敵を迎え撃てる場所で、軽機関銃、狙撃銃、グレネードランチャーで車を死守する。


当然、内部からの応援があれば援護する。

今回はぬかりなくカゴ台車もスーパーからかっぱらってきている。

弾でも銃でもなんでもござれだ。


「お、きたきた。懐かしい顔だな」

眞鍋が敷地外を見て言う。


真っ先に駆けてきたランナーは手長足長。

全身をバネのようにしならせて走る独特の走法は、人体の可動領域を軽く凌駕りょうがしている。

補給ポイントを無視して突っ走ってきたであろうにもかかわらず、乱れのない軽い足運び!

まさにゾンビ界のランナー!


「眞鍋、ダネル撃ったことないだろ。試してみろよ」

「これか? やってみよう」


ぽん、と軽快な音がして、手長足長の後方に着弾した。

直撃はしなかったが、爆風と破片が当たったのか手長足長はよろける。


「意外と難しいんだな。昨日はよく当てたな」

「コツがあるんだよ、見とけ」


眞鍋からグレネードランチャーを受け取って、狙いを定めて撃つ。

前方に着弾するかと思いきや、自ら着弾地点に駆け寄った手長足長の脳天に高性能炸薬弾が命中する。

上半身が木っ端微塵に吹き飛んだ手長足長が、無残な姿で倒れ伏した。


「弾道が弧を描くから、低めに構えるんだよ」

「なるほどな」


そうこうしている間に、一回目の物資が運ばれてきた。

カゴ台車に積まれているのは弾薬箱か。

適当に箱に詰めたようなものも見受けられる。


駆けてきたのは中島一人だ。

カゴ台車は押すのが難しい。

直線ならどうにか一人でも運べるが、曲がったりする場合は二人いないと倒れたときに起こすのが面倒だ。

それを彼は今、一人で押してきている。


「ンもう、イワン様ったら人使い荒すぎ。アンタのがよっぽどマシよ!」

肩で呼吸しながら、中島は荷をおろしていく。

彼が言っているのは前に基地へ行った時だろう。


田中と一緒にのろのろしているところを、僕が怒ったのだ。


おろされた箱を装甲車に積むのは、カゴ台車を返してからだ。

まずは全部をおろして、中島を返さなければ効率が悪い。

箱が少なくなって、低い位置から取って持ち上げ、再び積む作業が一番つらい。

腰に負担がかかる。


「よし、完了。さあ戻れ。ダッシュ!」

「はいはい分かってますよ。まったく、後で覚えときなさい」


中島をこき使えるなんてめったにない。

イワンには感謝である。


今回の収穫は、目的通り弾薬がメインだ。

それに加えて、今後のことを見越して十分な量の銃器。


・89式5.56mm小銃 20挺

・9mm機関けん銃 10挺

・9mm拳銃 10挺

・74式車載7.62mm機関銃 5挺

・MK2破片手榴弾 50個

・各種銃弾・擲弾 たくさん


途中、中島が限界を迎えて、肉離れを起こした。

仕方がないので僕が彼と交代して台車を押した。

台車に積んで運んでくるのと、おろして車に積み込むのでどちらが大変か。


それは車の中でぶっ倒れて死んだように眠っている中島が一番よくわかっている。

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