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深川は月も時雨るる夜風かな

その日は夕方から雨になった。

マミたちが市内案内から帰ってくるのと入れ違いで降りだした霧雨は、時が経つごとに激しさを増し、零時をまわる頃には、雨粒が工場の屋根を叩いて騒音になった。

今晩が担当じゃなくてよかった。


窓は雨が吹き込まないよう閉められているが、監視役がいるところだけ半開きだ。

隙間から雨が入り込んで、担当であるトモヤ、鈴木の顔を濡らす。

鈴木は夕食後仮眠をとったから平気そうだけれど、夕方まで筋トレして、夕食後風呂に入り今に至るトモヤは眠そうにしている。


彼の首は時折ガクンと落ちる。

意識を保っているのすら辛そうだ。


雨は貴重な水源。

一滴たりとも無駄にはできない。


いつまでも飲料水を盗んでくる生活を続けるわけにはいかない。

水も腐るし、ペットボトルの数は膨大とはいえ有限だ。

自力で確保する術を身につけておいて損はない。


大気汚染の少なくなった今、雨水は以前と較べ格段に綺麗だ。

なんならそのまま飲んでも腹を壊さない。

空気中にいる細菌を殺すため一応の沸騰させてから飲む。


これからの時期に降る雪は、雨水よりも綺麗だ。

雪は雨が凍ったものと思いがちだが実は違う。

雪雲が発生するのは空の高いところ。


すでに凍っている水分子がくっついて成長し雪になる。

地上に落下する途中で溶ければ雨になるが、逆に雨が地上に落下する途中に凍っても雪にはならない。

あられひょうになるのだ。


溶けた雪がべちゃべちゃして降ってきたやつがみぞれ

ホコリのない新雪はバクバク食っても大丈夫だ。


「暇ですね」

眠気を覚ますつもりかトモヤが喋った。


「寒くないか」

鈴木が尋ねる。


「こんな雨、大したことありません」

「強いな。俺は寒い」


この二人はなんとなく似た雰囲気がある。

どこがどうということはないのだが、物腰が少し似ている。


カズヤのほうが田中臭がする。

貶しているのではない。

ふたりとも良いチームになれそうだ。


鈴木がポケットからパーラメントライトを取り出して、火をつけた。

煙をくゆらす彼の姿は、ずいぶんと様になっている。

まるで敏腕スナイパーといった雰囲気だ。


「一本どうだ」

鈴木が勧める。

一本どうだ、じゃねーだろ。


「自分、まだ未成年なんで」

よくぞ断った。

機会があれば飲みたがるユキとは大違いだ。


これ以上盗み聞きしていると明日の業務に差し支えそうなので、僕は眠ることにした。

毛布を深くまでかぶって目を閉じる。


もぞもぞと隣の布団が動いて、僕の領域にニョキッと腕が入り込んできた。

マミである。

たまにこうして他人の領域を侵犯するのが彼女の癖だ。


起こさないようにして腕を押し返すと、今度は脚がニョキッと潜り込んできた。

おいおい、なんだこの寝相は?


寒かったのもあって、僕は脚を押し返すのをためらった。

僕が冷え性なのに対し、マミは体温が高い。

脚は天然のカイロのように温かい。


別にこのままでもいいかな、と思った僕はそのままにしておいた。

するとまた腕がニョキッと来て、胴体がドサッと割り込んできた。

僕の寝る場所が無ェ。


マミの体は、僕の布団の8割を占めている。

僕の尻は布団の外だ。

ケツが冷えると眠れなくなる。


最終手段でマミの腹を押してくの字に曲げて、そこに僕の尻をはめて、くくの形にして眠った。

自分の布団があるんだから自分の所で寝ろよな。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



笑い声で目が醒めた。

昨晩寒くて眠りが浅かったせいで最悪の寝起きだ。

霞んだ目をこすりながら、首を上げて見てみると、もう日が昇っていた。


ユキ、マリナ、カズヤがクスクス笑いながらこちらを見ている。

胴体にまとわりつく感覚にハッとして、僕は上体を起こそうとした。

脇腹の間から入り込んでいる腕にガッチリとホールドされていて身動きがとれない!


マミが僕の体を抱枕かのごとくに抱えている。

更に左足が彼女の両足と組まれていて、まあこれは二人だけでラブホテルにいるときにやっていればどうということはないのだけど、大勢の前でやるのは恥ずかしい。


「マミ、起きろ。朝だぞ」

「あとちょっと……40分」

「そんなちょっとがあるか!」


僕は思わずカールスラント軍人の口調になった。


「あと90分……」


彼女が起きるまでの間、僕の恥ずかしい姿は衆目に晒され続けた。

もうお嫁に行けないっ!

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