Melancholic Sniper
気温が低くなればゾンビの活動も不活発化すると思ったが、別にそんなことはなかった。
いやむしろ過ごしやすい陽気の日には、ゾンビたちも活発化しているように感じる。
毎朝必ず幾体かのゾンビが堀に落ちてトラバサミの餌食になるので、設置したトラバサミの何個かはガタが来て使えなくなった。
毎度毎度よくもまあ飽きずに攻めてこられるものである。
この工場では常時見張りを置いているというのに。
夜間はもはや夜間ではない。
ベレルギウスが明るく輝いているからだ。
今、スコープの中心を哀れなゾンビが孤独によちよち歩いている。
道の真中、僕たちが車が通りやすいようにと整理した道の真中を、隠れる素振りもなく、まるで馴染みの飲み屋から出てきた酔っぱらいのような気軽な足取りで、こちらに向かって歩いてくる。
マミの言い草ではないが、こんなにも無防備なゾンビを撃つのは気が引ける。
彼がどこかで曲がってくれれば撃たずに済むのだが、学習能力のないゾンビにそれを期待するのは無駄である。
ゾンビは大通りを好んで歩く。
理由はわからない。
小道や路地にいるゾンビは基本的に弱っているか、不自然な体勢で何やらゴソゴソやっている。
倒すのに特別な労力も要らないサボり魔のゾンビだ。
しかし今よちよちしているような大通りを行くゾンビは、出来の悪いコンピューターAIのように、直進して進んでくる。
行き止まりがあれば大抵の場合左に曲がる。
クラピカ理論がまさかゾンビにまで適用されるとは、世も末である。
つまり、誰も気づかずにゾンビが好きなだけ直進すると、工場内の壁にぶち当たって、左手にある階段をのぼり僕たちのいる二階にまでやってくる。
「しかし、そんな事をされちゃあ困るのは俺だよ、ヴェルゴ」とドフラミンゴも言っていた。
「見えるか? あれがゾンビだ」
「はい。はっきり見えます」
ゾンビを直接見たことがあまりないというマリナは、興味津々でスコープを覗いている。
夜間警備の訓練のため、今夜は僕と彼女が監視にあたっている。
渋谷区連合でゾンビ退治に借り出されるのは主に若い男の仕事で、女子は内職をしていることが多かったという。
内職の内容は喋ってくれなかった。
言いたくないことが多い世の中だから、仕方がない。
「あれが800m以内に近づくと、撃って撃退するわけだ」
「前に聞きそびれたんですけど、撃った音でゾンビが気づかないんですか?」
「一発撃つと工場近くにいた奴は寄ってくる。でも人間の聴覚なんてものはいい加減だ。銃声自体は遠くまで響くだろうが、反響して方向までは分からない。ゾンビは銃声のしたほうに向かって歩こうとするが、住宅街は入り組んでいて直進できないだろ。迷ったゾンビの大半は工場に近づく前に歩くのをやめる。それはなぜか。自分がなぜ歩いているのか、どこに歩いているのかを長い間記憶しておけないからさ」
「詳しいんですね。ゾンビの知り合いでもいるんですか?」
「あてずっぽうだ。音が響くのに対し追ってくる数が少ないからそう思っただけだ」
それにくわえ、定期的に匂い消しのアルコール散布を街中で行っている。
デコイとして音の出るおもちゃや、臭いの強いものをばらまいてある。
必要とあれば2km先まで飛ぶドローンを動員して、ゾンビを誘導する。
ユキが作った燃料気化爆弾、愛称MOABが隠してある場所に手榴弾を落として誘爆させる。
位置がわかるよう近くの民家の屋根に蛍光塗料を塗った馬鹿でかい旗が立っている。
抜かりはないのだ。
「800m先のゾンビに当てられるんですか?」
「風のない日ならたまに当たる。大勢いるときならともかく、ああして1体だけなら引きつけてから撃てばいい。もう少し待ってから撃ってみろ」
「やってみます」
銃を持つ手に力がこもっているのがわかる。
「もっとリラックスして。そう、それから手はもう少し離して。あと1cm」
彼女の手を持って調整してやる。
「なーにイチャついとるんだ馬鹿者め」
マミが起き出してきて言った。
「イチャついてないよ。ただどさくさに紛れて胸を触ろうとしただけ」
「ばかたれ」
マリナは「えっ?」という顔で僕を見る。
「さあもうそろそろだ。よく狙って」
ゾンビの姿は肉眼でも見える。
ベテルギウスさまさまだ。
「落ち着いたら当たるから。カボチャを撃つと思えばいいのよ」
「おいマミ、君は殺生否定派じゃなかったのか?」
「どれだけ否定しても結局撃つじゃないの」
パン、と音がした。
会話を中断してスコープを覗く。
ゾンビは健在だ。
「落ち着いて。今日は風もないし、まっすぐこっちに歩いてきてるから難しく考えないでいい」
再び発砲音。
今度はスコープを覗いたままだったので着弾の瞬間が見えた。
肩甲骨を撃ちぬかれたゾンビはよろめくも、歩みをやめることはない。
「調整は必要ない。さっきと同じように撃ってみろ」
「アイアイサー」
命中。
鎖骨の内側に当たった弾は周りの肉を抉って、神経系に損傷を受けたゾンビは脚をもたつかせて倒れた。
頭を撃って確実に仕留めることはない。
歩けないゾンビは路傍の石と変わらない。
今度ハンヴィーで通りかかったときに轢けばいい。
「お疲れ様。無事完了だ」
「指導ありがとうございました。どうしよう、手の震えが止まらない」
マリナの両手は小刻みに震えていた。
よほど緊張していたのだろう。
「おめでとう。今日はもう休みなさい、あとは私が代わるわ」
「お言葉に甘えて……失礼します」
「おやすみなさい。よく頑張ったわね」
ニッカポッカ連合は褒めて伸ばす方針だ。
個人の能力を決して否定しない。
「ねえ、さっきのは何? 女子高生に鼻の下伸ばしていやらしい」
個人の趣味も決して否定しない。
「どうせ他の女の子にもヘラヘラしてるんでしょ」
決して否定しない。
「今度同じことしてるの見つけたら怒るから」
決して怒らない。
僕を怒らないで……。




