ちょっとした死
人は車に轢かれれば死ぬ。
刺されても死ぬし、転んで打ち所が悪ければ死ぬ。
インフルエンザが悪化して薬が手に入らなければ死ぬ可能性がある。
ペストで死ぬ。
結核で死ぬ。
エイズで死ぬ。
ゾンビに噛まれたら死ぬ。
超新星爆発のガンマ線バーストを受けて死ぬ。
結局のところ、寿命が尽きればみんな死ぬ。
いつ死ぬのかとか、どうやって死ぬかとくどくどやるのは意味がない。
そんなことを考える暇があるなら、どうやって生きていくかを計画したほうが百倍マシだ。
もしガンマ線バーストが直撃していたら、人は致死量の100倍以上のガンマ線を浴びて死ぬ。
つまり被爆して死ぬのだ。
オゾン層が破壊されて生態系が壊滅する。
深海魚なんかはゆうゆうと海を泳いでいるかもしれないが、上から降ってくる餌がなくなるのでいずれ死ぬ。
残るは深海の端っこで硫黄か何かを食って生きている貝だけになる。
あるいはクマムシが超進化して文明を築くかもしれない。
なんにせよ僕たちが死に絶えてからの話だ。
そして僕たちは幸いなことにまだ生きている。
そして幸か不幸か生きていたせいで、中島班からの苦情に対応している。
観測所が懲罰房として機能し始めていることについて、もう一度根本からシステムを見直すべきだという提案があった。
確かに僕自身、たるんでいた田中に観測所行きを命じた。
だが、だからといって懲罰房呼ばわりはないだろう……。
「アタシも観測所任務は大事だと思うわよ。あそこにいなかったらイワン様にも会えなかったし。でも最近の観測所は、はっきり言って暇なのよね。マンホールは崩れちゃってミミックちゃんも出てこないし、超新星なんとかを観測できたのはロマンティックだったけど、結局、あそこに人を送ることで本拠地の人手が足りなくなるのよねェ」
幹夫の件からしても、中島が言っているのは嘘ではない。
「人手不足は深刻だな。観測所のことは、まあこっちでなんとかしてみる。だけど少しだけ待ってくれ。彼らが自分たちで生活できるようになるまでは。観測所のビルは、ここやそっちのマンションよりも比較的安全だ。あそこを彼らにあてがえば、常時監視できるようになる。イワンの新居と合わせて四カ所を固められるんだ」
「頼むわよ。アタシもせっつかれてこりごり。なんだかみんなピリピリしてるわ」
「空気が乾燥してるからな。化粧水でもわけてやれ」
「ンもうバカねっ」
切られてしまった。
マミがコーヒーを淹れて持ってきてくれる。
「どう? あっちの様子は」
「観測所のローテーションを組み直せだとさ」
「幹夫さんがあんな状態じゃ無理もないわね」
「だけどこっちも同じようなもんだろう。人数差があるわけじゃなし」
「体力的にはこっちのほうが余裕あるじゃない?」
「それはそうだけれども……」
次の言葉が出てこない。
言い合いになると面倒くさい。
「まあトモヤやカズヤの成長ぶりが目覚ましいし、近いうちになんとかなるだろう。まだ彼らに銃を持たせるのは不安だけど」
「だいじょうぶでしょ。若い子は覚えるのが速いもの」
僕たちは大学生にありがちな、少し年下の者を若い若いと呼ぶということを自然にやっていた。
僕たちも五年前は高校生だったのだ。
こんな状況では五年前が五十年前に感じられるが。
「そういえば、前に言ってた眞鍋の紅茶。あれどんな味だったの?」
「表現しにくいけど、深みのある味だった。薫りが良くて香ばしくて。ウイスキーがいいアクセンとになって調和がとれてた」
「材料さえわけてもらえば作れそう? 今度観測所で会ったら頼んでみようか」
「やってみれば出来ないことはない」
「じゃあ貰ってくるから、同じ材料で美味しい紅茶を淹れてね」
「えっ、同じ材料で紅茶を?」
中途半端にスーパー食いしん坊の台詞を言ってしまった。
せめて直前に「出来らあっ!」と叫んでおくべきだったか。
マミの淹れるコーヒーはおそろしく濃い。
エスプレッソというやつらしく、飲み方はココアの原液を啜るように、らしい。
どうしてこんなにも濃く淹れるのかを尋ねると
「濃いほうが好きなの」
と言って笑った。
すごくエッチだ…wと思った。




