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歓迎会はやがて宴会となる

内部にアルミフィルターが蒸着じょうちゃくされているタイプの紙パックジュースは、常温でも1年くらいは保存できる。

イワンがロシアから持ち込んだという、紙パックのオレンジジュースを分けてもらい、カズヤ達に振る舞った。

右雄や梓は酒が成人しているので、ハイボールを飲んでもらう。

オイルづくしの宴会の始まりである。


味のついた飲み物は年長者にとられてしまったというカズヤは、オレンジジュースを大事そうに飲んだ。

彼は騒動から今まで、飲み物はほとんど水しか口にできなかったという。

嘆かわしい話だ。


それよりも大興奮だったのが、酒を飲めると知った梓と右雄だ。

しかも冷えたハイボール!

ウイスキーはとびきりの上物ときている。


マッカラン・ファインオークを炭酸水で割ったハイボールは、味といい色合いといい爽やかで、どちらかというと夏向きの観はあったが、贅沢は言っていられない。

ハイボールに入っている氷も、水道水ではなく売っている水を凍らせたものだ!


「こんな美味しい酒が飲めるなんて……ユートピアですわ、まさしくユートピアですわ」

右雄はよほど嬉しかったらしく、口調が変になっていた。


「美味しい……すごく飲みやすい」

ファインオークは、バーボン樽とシェリー樽で作ったウイスキーをブレンドした酒だ。

女性好きのする甘めの香りが特徴で、味自体は非常にすっきりしていて女の子でもグイグイいける。


ウォッカがあれば、オレンジジュースと混ぜてスクリュードライバーが作れたが、オイルまみれの宴会には不向きか。


こうして大人数で飲むのは面白い。

それぞれが何の気なしに集まって、特徴あるコンビ、トリオを作っている。


ユキとイワンに、トモヤとカズヤの二人が銃の講義を受けている。

阿澄、マミ、マリナは三人で、高校生活について話している。

そこから右に少し離れた位置で、鈴木と右雄が映画『勝手にしやがれ』を論じている。

ついでに右雄は鈴木から煙草を一本もらって吸っている。喫煙者だったのか。


僕の横には梓がいる。

ハイボールを美味い美味いと言って飲んでいる。

気分が良くなったのか、彼女は心なしか饒舌になっていた。


「このオイルサーディン、いけますよ。にんじんが甘くて美味しい」

「畑で作ったにんじんさ。ゾンビの攻撃にも耐えたにんじんだから、タフな味がするだろ」

「なるほど、たしかにタフかもしれません」


梓は酔って赤くなっていた。

おさげが可愛い二十歳の専門学生。

べっ甲製の丸メガネをかけていて、鼻がツンと出て唇が厚い。


これでベレー帽をかぶってワンピースでも着ていれば、原宿をうろついていそうな感じだ。

あるいは吉祥寺か中野にいそうだ。


「私アニメーターを目指してたんですよ」

彼女は酔った者にありがちな自分語りをつらつらとやりだした。


「おそ松さんとか、Free! みたいなアニメが作りたくてデザイン系の学校に進んだんですけど、途中でなんか違うなァって思って、諦めちゃったんですよね」

「へえ、そうなの」


まあそんなところだろうな、と予想はしていた。


「アフターマンってあるじゃないですか、私アレにハマってたんですよね」

「未来の人間の姿を描いたってヤツ?」

「そのヤツです。でも、もう飽きちゃった。やっぱり人間は普通の形が良いですよね。なんか、最近は外に出ればリアル・アフターマンだから……」


言いながら梓は、カリフラワーに塩コショウを振って、オリーブオイルをかけたのを乗せたクラッカーを口に放り込んだ。

それにしても美味そうに食べるひとだな、と僕は思った。


「なんか幼年期の終わりみたいですよね。アーサー・C・クラークの」

「え、どのへんが?」

「最近内なる衝動が高まりつつあるというか、ビョーンと宇宙そらにでも飛んでいきたい気分なんですよ」


こいつは何がなんだかわからなくなってきたぞ。

客人を招いてのパーティーの作法その一。

定期的にグループ内の人間を入れ替えて、一箇所にまとめないこと。


作法に従い、梓を女三人のグループに押し付け、僕はというと一番安全そうな鈴木のところに行った。

これ以上電波話を聞かされたら、頭から火花が散りそうだ。


「何度も言うように、映画におけるメタ構造は現代劇の基本中の基本ですよ。第四の壁の突破は既に成されていて、新しくクドクドやる必要はないんです。現に私たちは、作品を観るときにそれが作品だという認識から離れられますか?」


「いいや、それは暴論だね。作品はまず作品として閉じていなければならないんだ。メタだの何だのと言って誤魔化ごまかすのはよせよ」


「それは先ほど私が説明したようにですね……」


何言ってんだこいつら、と僕は唖然とした。

選択肢を間違った。

イワンたちに混ざるのは論外だ。

どうせカポエラだのサンボだのの話をしているに決まっている。


僕は孤立して、一人窓際に寄って空を見上げた。

夜空で星がまたたいている。

田中……僕はお前がいなくて寂しいよ、と胸中で言う。


彼に観測所行きを命じたのは失敗だった。

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