硬質ケラチンは硬い
夕方前には工場に着いた。
オリーブオイル製品で見たられたダンボールをマミに渡すと、田中を外に呼び出した。
近頃どうにもたるんでいる彼を、石抱の刑にでも処して根性を叩き直すのだ。
冗談はともかく、小言の一つでも言わないと気が済まない。
田中のせいでゾンビの爆散を見るはめになった。
レアな光景とはいえ、何度も見たいものではない。
「台車使ったらバックヤードに戻しとけって言ったろ」
「だってユキがよお、俺が読むものにケチつけるから……」
「話をはぐらかすんじゃない。台車を戻すのとは関係ないだろ」
ハの字に積まれた土のうの辺りで言い合っていると、一階にいたユキが聞きつけて外に出てきた。
彼女はなぜか白衣を着ている。
髪が伸びるたび律儀に脱色している白髪とあいまって、魔女のような風貌となっている。
「ちょっと、私のせいにしないでくれます?」
「事実じゃんかよお」
「私はただ、いい年して妖怪ウォッチは無いでしょ、って言っただけ。ケチなんてつけてないわ」
「それがケチじゃないなら何なんだよお」
「意見です」
工場で火炎放射器やら噴出式槍やらを作っていたと思ったら、この言い合い。
ユキという女がまるで分からない。
高校生と魔女とスペツナズの混合物? 笑えない冗談だ。
「田中のことなんかどうでもいいの。ゾンビが爆散したって話、詳しく聞かせて」
「詳しくも何も、撃ったら爆発しただけだ。腸のあたりが膨れてドカンと。文字通りの屁爆発ってな具合に」
「直前までは膨れてなんかいなかったのよね?」
「ああ、どうしてだろうな。撃った途端に膨張したんだ」
あれだけのガス圧に、腐った皮膚が耐えられるとは思えない。
それにゾンビ=死体だ。
半年間も動き続ける死体など、存在しうるのだろうか。
ある時期を過ぎてから、僕たちはあれを“ゾンビ”と呼んでも、死体だとは考えなくなった。
つまり死体が動いているのではなく、ウイルスか何かによって凶暴化している生ける屍。
しかしそれでは、体表面が変色しているのに説明がつかない。
風呂に入っていないのだから黒ずむのは当たり前だが、近頃のゾンビは茶褐色の皮膚をしている者もいる。
「私が言いたいのはそれ。まさにそこんトコロなの」
「そこんトコロってどこんトコロだよお」
田中が割って入ってくる。
「国立のマンションにいた怪物、あれの体組織を剥がして調べてみたの。そしたらビックリ! タンパク質が変質して硬質ケラチンみたいな構造になってるじゃない。あの大きさであの動き、おかしいなァ、変だなァと思っていたら、外骨格で支えていたとはね」
「なんか最後が稲川淳二みたいになってたぞ」
「怖い話ならやめてくれよお。五字切りしといたほうがいいかな? イワコデジマ・イワコデジマ……」
「ハァ、あんた達ってホント馬鹿」
ユキは捨て台詞を吐いて引っ込んでいった。
田中はともかく僕も一緒にされるとは、心外である。
硬質ケラチンとは何だ?
硬質というくらいだから硬いのだろう。
文系の僕には馴染みのない言葉に少々ビビる。
知らないうちにユキがそこまで調べていたとは。
タンパク質が変質している。
そのようなことがありえるのだろうか。
ゾンビ騒動から約半年しか経っていない。
もしゾンビが進化しているのだとしたら、従来の生物学ではありえないスピードだ。
人間の能力を遥かに超えている……。
洗剤を漁っていたゾンビが、その硬質ケラチンなる物質に体を変化させていたとしても、幸い今回は9x19mmパラベラム弾で倒せた。
だが怪物に5.56x45mm NATO弾の効き目が薄かったよう、これからはどうなるか分からない。
願わくばゾンビの進化はここらで一旦休止してもらって、その間に数を減らしておきたいところだ。
二階の窓から、ガーリックの良い匂いが漂ってきた。
漂ってくるのはまずい。
窓を閉めきったら、確実に匂いが残るよなぁ。




