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幹夫の見舞いに寒天を持っていく

挿絵(By みてみん)


飯島幹夫、五十六歳。

イワンとユキの新居掃滅作戦で負傷し、気絶。

三ヶ所を骨折した。


イワンが診たところによると、完治までにはリハビリも含めて数年かかるだろうとのことだった。

年齢のせいもあって傷の治りが遅い。

筋トレが趣味だという幹夫は、目覚めてから男泣きに泣いた。


事前に考慮しておくべきだった。

幹夫という戦力を失った中島班の損失は大きい。


マミがカセットコンロで寒天を煮ている。

菓子が好きだという幹夫に持っていくためだ。

砂糖で甘くするくらいしか味付けできないが、手ぶらで見舞いするよりはいい。


一階ではユキがイワンと一緒に化学実験と称して怪しげな物を作っているので、今は全員二階にいる。

地下に毒ガスでも撒くつもりだろうか。


秋ともなると日照時間が短く、夕方なのにだいぶ暗い。

暗がりで揺らめくコンロの炎をじっと見つめていると、ノスタルジックな気分になってくる。

それはマリナや他の者たちも感じているらしく、無言で炎に見入っていた。


あれから相談したらしく、マリナ、トモヤ、カズヤ、梓、右雄の五人は、この場に残ることになった。

最後まで理想郷ユートピアを諦めなかったカズヤも、自分たちだけでこれ以上先に進むのは不可能だという事実からは目を背けられなかった。

勇敢なだけでは多摩川は越えられない。


もし越えられたとしても、日野市以西は僕たちにとっても未知だ。

どんな相手がいるか分からないところに飛び込んでいくのは、勇敢ではなく無謀である。


中島班に彼らを紹介しなければと思い、声をかけようとした。

けれども炎をじっと見て、物思いに沈んでいる彼らを空想から現実に引き戻すのは気が引けた。

そっとしておこう。


そう思って僕は一人階下に行った。

「今度は何作ってるんだ?」


「火炎放射器。ナパームでゾンビを焼くの」

「近づかないで。火気厳禁ネ」


新婚夫婦は二人仲良くガソリンに何かを混ぜ込んでコネコネしている。

傍らには消火器が置いてある。

物騒な話だ。


「くれぐれも気をつけてくれよ」

「アイアイサー」


ユキの返事を後ろに聞いて、僕は二階へと戻った。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



見舞いの当日はマリナとカズヤを連れて行った。

本当はトモヤとカズヤを連れて行くつもりだったのが、マリナがどうしても行きたいというので変更した。

男衆に勝手を分かってもらったほうが後々楽なのだが、彼女の気迫に負けてしまった。


6万円はしそうな高性能ベッドに、幹夫は寝転んでいた。

ギプスまみれで身動きできないため、中島班の皆が当番で付き添っている。

今日は重田真純が側にいた。


「どうですか、経過のほうは」

「すこぶる悪い。アームカールさえ持てない」

「その腕で筋トレなんかしたら、またボッキリいきますよ」


彼の両腕はギプスでしっかりと固定されている。

それから左足が固定されたまま釣り上げられている。

見るからに痛そうだ。


「彼らが例の新人かね」

「ええ、マリナとカズヤです。ふたりともまだ高校生ですよ」

「飯島幹夫だ。趣味は筋トレ。よろしく」


「よろしくお願いします!」

二人の声がそろう。


「基礎体力強化にちょうどいい筋トレの仕方を教えてやってください。僕はその間、中島と話をしてきます」


そう言って僕は部屋を出る。

中からは早速、幹夫の楽しげな声が聞こえてくる。

彼にとって怪我の回復に一番有効なのは、見舞いより筋トレ話だ。


中島に手土産の菓子を渡して、屋上に向かう。

本当は話なんてなかった。

幹夫の状態を目にするたび、どうしてもっと上手くやれなかったのかと悔やむ。


屋上には監視係の眞鍋が銃を持って座っていた。

彼は手招きして僕を呼び寄せた。


「いつまでも悔やんでいても仕方ない。本人のミスだったんだろう。死なずに済んだだけマシだよ」

「そう言ってもらえると少しは楽になるよ。楽になっていいのかはわからないけど……」

「旦那らしくもない。さあ、一服つけて」


眞鍋は自分の水筒からコップに紅茶を注いだ。


「貴重な一品物ですよ。こんな茶葉、平時じゃまずお目にかかれない」

「ありがたくいただこう」


口をつけてみると、ほんのり酒の味がした。


「どうです、いけるでしょう。橋部のウイスキーをくすねて、ニ、三滴垂らしたんです」

「うん、美味い」


晴天の下、昼間っから飲むには贅沢すぎる気もするが。

帰ってマミに怒られないか心配だ。

自分はたらふく飲むくせに、非番以外で僕が飲んでいると鬼のような剣幕で怒るのだ。


「しっかりしなくちゃ。俺の前で愚痴ったり、不安な顔をするのは構いませんけど、少なくとも新人の前でだけは、しゃんとしておいたほうがいい」

「そうだな、ありがとう。下に戻るよ。紅茶ごちそうさま。今度マミにも振る舞ってやってくれ」

「アイアイサー。お安い御用で」


幹夫の部屋の前まで来ると、中ではまだ筋トレ談義が続いていた。

あれだけ口が動くのだ。

怪我もきっと良くなる。

頬を軽く叩いてから、僕は中に入った。

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