取り調べでカズヤが語ったこと
濃紺の霧が晴れるのを待ってから、僕たちは渋谷区連合偵察任務に出発した。
霧が切れてからしばらくは、隠れていたゾンビが街に出払うまでに時差があると踏んで、晴れると同時に出発すれば戦闘を避けて距離を稼げると思ったのだ。
ハンヴィーには最低限の食料品だけを載せて、武装のほうを充実させた。
幹夫の怪我から、どんなときでも気を抜かず、全力で敵と戦うことを学んだ。
イワンの調査で、東に直進するよりは迂回して向かったほうが道が空いていて時間がかからないということが分かっていたので、工場周りの霧が晴れると同時にハンヴィーを飛ばした。
捨てられた車の間を、田中はスイスイ進んでいく。
「田中の運転は、俺より上手いカモネ」
イワンが見え透いた世辞を言った。
犠牲なく横浜まで飛ばして帰ってこられるのは、イワンを除いて他にはいない。
メンバーは四人。
僕、鈴木、田中、イワンである。
中島班には休息と訓練が必要だ。
猛スピードで道を走って行くと、前方に霧の壁が見えた。
怪物の雄叫びも聞こえてくる。
「こんなこと、今までにあったか」
僕が言った。
「やっぱり普通の霧とは違う何かなのかもしれない。人工物、いや、超自然的な何か」
「冗談はよせよ」
鈴木の冗談は笑えなかった。
見るからに自然のものではない色の霧が、彼の言うことを裏付けているかのように眼前に広がっていたからだ。
霧が晴れていくのと速度を合わせて、ハンヴィーを進める。
「遅っせえよお」
「仕方ない。視界不良で怪物と遭えばそれこそ一大事だ」
焦らされているようで、皆イライラしながら霧が消えるのを待っていた。
せっかく距離を稼げると思ったのに、これでは意味が無い。
霧があったところはゾンビの出現率が低くなっているとはいえ、夜になれば車を停めるしかない。
この速度で、夕方までにどこまで行けるかどうか……。
だんだんと霧が薄くなっていく。
すると影が二体あることが分かった。
この霧の濃さなら、奴らの輪郭が十分に見て取れる。
あれは幹夫をやったのと同種の怪物だ。
「僕が銃座に上がる。みんなはイワンの指示で動いてくれ」
「アイアイサー。他の人はSCAR持って、射撃が終わるのと合わせて降車。M203に擲弾を装填しておいてネ。死亡確認するまでは近づかないように。もし敵の息があって立ち向かってきたら、俺が先に撃つカラ、続いて田中、鈴木が撃ってネ」
「了解」
田中と鈴木が返事をする。
いい連携だ。
敵の姿を目で捉えられるようになってから、重機関銃の引き金をひいた。
轟音と共に怪物の上半身が吹き飛ぶ。
ハンヴィーを進めると、そこには見慣れぬ車が停まっていた。
中に人が乗っている……。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
「どこから何をしに来た。人員はこれで全員か」
工場の一階に急遽作らせた取調室。
僕とイワンはガスマクスを装着したまま、彼らに尋問していた。
ガスマスクをつけたままというのは、イワンの指示だった。
素性がわからない相手を信用するなかれ。
たとえ同国人であっても、もはや法治国家とは呼べない現状、注意するに越したことはない。
なるほど筋の通った理屈だった。
カズヤ、と名乗る少年は、ここに来るまでの経緯を語った。
驚くべきことに渋谷区連合から逃げてきたのだという。
連合の構成員、組織について突っ込んだ質問をすると、これまた驚くほど正確な答えが返ってきた。
聞かれてから頭で考えてついた嘘でないことは、明らかだった。
それでも事前に用意してあった答えである可能性は拭い切れない。
彼がしきりに繰り返す「理想郷」なる文言も気になった。
「俺たちは、俺たちは西に理想郷があると信じて、ここまで逃げてきました。あんたたち、アメリカの兵隊さん? だったら助けてください。俺たち何でもします。文句を言わずに働きます。だからどうか……」
イワンを見る。
彼は首を縦に振った。
僕はガスマスクを脱いだ。
「僕たちはアメリカ軍じゃない。自衛隊でもない。ただの一般市民だ。君たちを助けることはできないが、歓迎する準備はある。共に戦うなら、手を取り合おう」
「そんな……でもあの音は? 軍隊がゾンビを殲滅してたんじゃないんですか?」
カズヤは意気消沈して言う。
「音というのが何のことかは知らないが、ここには軍事基地から盗んできた武器弾薬がたくさんある。すぐに答えは出さなくてもいい。君の仲間と相談して決めてくれ。残ってもいい。理想郷とやらを探してもっと西に向かうのもいい。でも気をつけろよ。立川以西には謎が多くある」
「わかりました。考えさせてください」
おそらくは彼が集団の代表なのだろう。
ここが理想郷でないと分かった瞬間、彼の表情は未成年の子供に戻った。
しかし、選択の余地が残されていると知ると、凛とした男気ある表情になった。
それは仲間の命を背負う覚悟がある者の顔だった。




