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謎の霧/合流

「なにこれ、気味が悪い」

「煙幕ではなさそう。霧? ガスだったら怖いわ」

「みんな気を付けて。ハンカチを口にあてるんだ」


濃紺の霧の中を、カズヤたちは進んでいる。

国立と立川の境、霧が薄っすらとしていて、完全には街を覆っていない位置に停まって、進むべきかどうかを思案した結果、4対3で進むことに決まった。

本来、得体のしれないガスが充満している区域を車で進むなど言語道断である。


ガスマスクを所持しているならいざしらず、生物兵器の可能性もあるガスを無視してたどり着かなければならない場所は存在しない。

けれども彼らにとっては、理想郷ユートピアが最終目的地。

道中で何が起こったとしても全てが清算される、文字通りの理想郷りそうきょう


畢竟ひっきょう濃紺の霧はただの霧でガスではなかったからいいものの、彼らの勇敢さは、時として無謀でさえあった。


「安心して、俺がついてるから」


カズヤがついていたところで霧が晴れるわけではなし、何の意味もないのだが、一同はこの言葉に勇気づけられた。

車は市街地の中をゆっくりと進んでいく。


怪物の雄叫びが周囲に轟いた。

金属をこすったような中低音テノールが車の窓を震えさせるほどの音量で響く。

一同は緊張で身を硬直させて、窓の外に目をやった。

霧が濃く、何も見えない。


ヘッドライトが点灯している正面の状況だけが、かろうじて判別できる。

ふたたび怪物の声。

車のすぐ横を1体の手長足長が駆けていくも、音に気を取られていた全員は何が通ったのかわからなかった。


「なんか走ってったぞ」

「人間のスピードじゃない」

「じゃあなんだってんだよ!」

「静かにしたほうがいいわ……」

「逃げよう、今すぐ!」


車内では様々な意見が高速で飛び交う。

得体のしれないモノと連続で遭遇し、パニックを起こしていたのだ。


それはペーパードライバーの右雄も同じだった。

彼は「逃げよう」と誰かが言ったのを聞き、命令だと勘違いをして即座にハンドルを切った。

足が震え、短く痙攣してアクセルを踏み損なう。

車体はブロック塀にぶち当たって、段差に乗り上げてしまった。


泣きっ面に蜂、鋭いものを轢いたのか、タイヤがパンクした。

混乱した右雄はバックを試みるも、勢い余って今度は後ろ側にあるブロック塀に突っ込んだ。

リアガラスが割れて砕けた小石が車内に飛ぶ。


「いやだ! 俺は死にたくない!」

メンバーの男が急に扉を開けて、車外に飛び出す。

「俺もだ! 逃げさせてもらう」


そう言った男の顔は、混乱しているような表情ではなかったけれど、先ほど出て行った男の後を追って、彼もまた飛び出していった。

止める者は誰もいなかった。

皆呆然として、開けっ放しの扉を眺めている。


「終わりだわ、もう、終わりよ……」

梓が絶望しきった声で言う。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



濃紺の霧が薄らいでいく。

工場の周りを中心として広まっていた霧は、円の中心から徐々に晴れていき、今外縁部であるカズヤたちのいる場所まで、すっかり晴れて無くなった。


車の前方50mに、2体の怪物が立っていた。

イワンとユキの新居にいた、腕が頑丈な一つ目の怪物である。


怪物2体は互いを見合わせて、目玉をギョロギョロ動かしている。

車内では誰も口をきかない。

死期を悟った者のごとく、黙ったまま2体の異形を凝視している。


怪物が突進する構えをみせた。

そのときである!


近距離でド、ド、ド、という銃声が鳴った。

カズヤ、トモヤ、マリナ、それに全員の頭はショート寸前だ。

何が起こったのかわからない。

何が起こっているのかわからない。


聞き覚えのある音。

ずいぶん前、自治区でこの音を耳にして、この世界にはまだ救いが残っているのだと確信した音。

理想郷ユートピアの音!


ハンヴィーの銃座から乱射されたブローニングM2重機関銃の12.7x99mm NATO弾が、2体のバケモノの上体を挽肉ひきにくに変える。

カズヤたちの乗っているバンからは、ハンヴィーは見えない。


射撃が終わってから数十秒後、ようやく横道から現れたハンヴィーから、ガスマスクを装着した四人が降りてくる。

全員が手に自動小銃ライフルを持っている。


バンを取り囲んだものの中から一人が運転手側のドアをノックする。

右雄は放心状態で、何をしたらいいのか分からないといった様子だ。

カズヤが扉をあけて外に出る。


「ア、ア、Hello,nice to meet you」

「ウインチで引っ張りだすんで、その後ハンヴィーについてきてくれますか」

「ア、Yes。I'm fine,thank you」


「鈴木! ウインチ頼む。イワン、周囲を警戒してくれ。田中は車に戻って発車準備」


謎の人物たちが作業しているのを、バンの中のメンバーはじっと眺めていた。

「日本語、だよな……」

鈴木が言う。


「でもあの人、めっちゃデカイよ。軍服みたいの着てるし」

マリナが言う。


車内に戻った田中は、感動したのか涙を流していた。

「アメリカ軍だ……アメリカ軍が助けてくれた……理想郷はあったんだ」

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