デカブツに蹂躙される
西方でマンホール掃除が行われたと時を同じくして、都心部に押し寄せた手長足長は地下を駆け巡り、地下鉄内部に出没する。
渋谷駅に駐留している分隊と衝突するのは時間の問題だった。
夜な夜な地下鉄の奥深くから不審な声がするとの報告が上層部にもたらされ、事態を重く受けとらなかった長老たちは、渋谷駅分隊の人数だけで対処に当たれと命じた。
渋谷駅では夜の警備が増やされて、日中の仕事もある程度免除されていたので、昼夜問わず人数を割いて警戒にあたった。
9月に入り、メンバーの集中力はとっくに切れていた。
騒動は夜半に起こった。
無数の手長足長が渋谷駅に押し寄せて、警戒していた警備班と戦闘になった。
地下鉄の暗闇から足音が聞こえたかと思うと、56歳になる警備主任の正面に無数の手長足長が現れた。
懐中電灯で照らす間もなく、警備主任は肋骨に蹴りをくらって転倒する。
折れた第四肋骨が左肺に突き刺さり、血胸による呼吸困難を引き起こす。
それを見ていた警備班の他の者は一目散に逃げた。
しかし階段を駆け上がる前に、手長足長に追いつかれた計14人の男女は無残に蹂躙され、蹴る殴るの暴行をうけ、哀れな警備主任と同じ運命をたどった。
「デカブツだ! デカブツが出たぞ!」
暴行を受けながら一人が叫んだ。
地上近くで眠っていた分隊は声に気づいて、すぐさま地上へ、ハチ公前広場に出た。
伝令係が放送センターに派遣され、PARCO分隊に応援を求めるべく足に自信のある若者が数人走った。
彼らが地上に出てから数分後、臭いをたどってきた手長足長がハチ公広場に到着する。
「角材を持て! 若い衆は俺に続け!」
分隊長の命令で、俊敏な若者が武器をとって前に出る。
集団を守る形で、数十体の手長足長と、10人の若者がにらみ合いとなった。
若者の角材を持つ手は震えている。
集団の中の何名かが懐中電灯で敵を照らす。
毛のない体に茶がかった皮膚。
異様な風体、見覚えのない姿には大の大人でも恐怖し足がすくむ。
視殺戦に耐え切れなくなった一人が、角材を握りしめて特攻をかける。
それに続き、分隊長含む全員が手長足長に向けて駆けた!
握りしめ、振り上げ、降ろすのにかかる時間は3秒ほど。
一番先に走りだした者が振り上げた瞬間、敵意を察知して動いた手長足長の掌底突きが若者の胸にめり込んだ。
胃底部が裂け、胸椎が砕かれ、脊髄損傷した若者は後方に吹き飛び、血のあぶくを吹いて絶命した。
下段回し蹴りをもろにもらってしまった分隊長の大腿骨は、打ちどころが悪く螺旋骨折し、痛みに膝をついたところに膝突き蹴りが顔面を捉えた。
鼻骨、頬骨、上顎骨を粉々に砕かれて事切れた分隊長は、今日一番の被害者だろう。
負けを悟って散り散りに逃げた分隊員全員が、手長足長の追撃をうけた。
報告を受けた上層部は籠城を決定。
客員に絶対に外に出るなと通達して、自分たちも放送センターから出ようとしなかった。
応援を求められたPARCO分隊だったが、命惜しさに渋谷駅分隊を見捨てることを決意。
上層部の決定には逆らえないという建前で、出動を見送った。
これにキレたのは高校生三人である。
「仲間を見捨てるなんて! 俺たちは許せません。ここで隠れて仲間を見捨てるくらいなら、死んだほうがマシです。車を出させてください。俺たちだけで行きます」
堂々と宣言したカズヤのこの台詞が合図だった。
PARCO分隊の若者が一斉に立ち上がり、自分も助けに行くと言った。
どこの分隊でも年長者が分隊長を務めている。
高校生の一回りも二回りも年上の分隊長も、さすがに大人数の若者を説得するのは無理だと感じ、許可を出さざるを得なかった。
「上層部には俺から言っておく。ただし、使っていい車は三台までだ。いいな」
「十分です」
18人の若者が三台の車に分乗し、免許を持っている成人が運転した。
けれども向かう先はハチ公前広場ではない。
先ほどの合図は救助のものではなく、離反宣言だったのだ。
「上手くいったな! これであんな所とはおさらばだ。渋谷駅の連中には悪いが、犠牲になってもらおう……」
カズヤが安堵した表情で言う。
「仕方ない、自業自得さ。あいつら食料品を盗み食いして、警備強化を理由に日中サボりまくってた最下級メンバーだし」
抜けだしたメンバーの一人が、カズヤに合わせて言う。
たった今離反したばかりのメンバーの中にも、既に上下関係がある。
カズヤに逆らえば命はないと、他の平メンバーは感じている。
トモヤ、マリナはそれに次いで地位が高い。
結局のところ、上下の秩序なしに集団が統率されることはないのだ。
ニートたちが302人を従えることに誰も逆らわなかったよう、ここでも同様のことが繰り返され、同様の悲劇をうむ。
彼らが目指す理想郷では現在、渋谷区連合偵察のための遠征隊を組織している最中であった。




