除草
代々木公園の草木を手入れする者がいなくなり、伸び放題になった植物の蔓や根がアスファルトを侵食し、放送センタービルの壁面にまで伸びてきていた。
植物はコンクリートの天敵である。
どんな場所にも根を張る植物は、コンクリートを脆くして耐久度を下げる。
地面に草が生い茂っていれば、ゾンビにとっては格好の隠れ場所となる。
それを避けるため、長老たちは除草に5個分隊を派遣した。
上級メンバーを草刈りに駆り出すわけにはいかないので、除草作業にはPARCOの分隊が選ばれた。
夏の暑い盛り、命令とあっては仕方がないと文句を言いながら作業に当たる分隊は、分隊長の性格によって作業方法に違いがあり、まとまって10人で作業しているところもいれば、5人ずつ二班にわかれて作業にあたっているところもあった。
PARCO第四分隊のカズヤ、マリナ、トモヤの三人は、三人一組になって除草作業にあたっていた。
彼らに割り当てられていたのは、長く伸びた草を短くする作業で、難易度で言うなら底の底。
作業の出来次第で点数が決まり、高得点を得た分隊には報酬が与えられることになっている。
どう頑張っても高得点が得られないハズレ作業に割り当てられてしまった三人は、どうせ点数が得られないならと適当に草を引っこ抜いてはその場に撒き散らかしていた。
幸い分隊長からは離れた位置で作業しているので、見つかって怒られることはない。
「やってらんねえよ。草刈りなんて田舎にいた頃にばあちゃんの畑を手伝って以来だ」
カズヤは軍手を脱いで、掌をグーパーしながら言った。
「暑い。暑すぎる。四十度はあるんじゃないか、これ」
トモヤは日陰を探し左右に首を振るが、太陽が頭上高くにあるこの時間帯、休むのに最適な日陰はどこにもない。
「ちゃんとやらないと分隊長に怒られるよ」
口ではそう言っているも、マリナの手は動いていない。
三人は同じ塾に通う高校3年生だった。
夏期講習に向かう途中、ハチ公前にいるときにゾンビ騒動が発生し、駅に逃げ込んでから偶然出会い、それからというもの何をするにも三人で行動している。
「宿題がなくなったのはいいけどよ、これじゃ意味ないよな」
「マジ暑くて死にそう。コーラ飲みてえ」
「ちょっとふたりともちゃんとやってよ」
「分隊長が会議しているのを盗み聞きしたんだけどさ」
唐突にトモヤが声を潜めて言った。
二人は聞き逃すまいとして、彼の近くに寄る。
「秋になったら西に遠征隊を出すらしい。バンバン音がしている正体を確かめるんだと。俺たちも志願しようぜ」
「だけど未成年者はダメだって言ってたじゃないの。ちゃんと話聞いてなかったの?」
「未成年も糞もないよなぁ、実際」
カズヤがふてくされて言った。
「じゃあさ、こうしようぜ。隙を見計らって、車を盗んで西に行くんだ。アメリカ軍を見つけたら保護してもらって、サイダー飲み放題ってのはどうだ」
トモヤが言う。
「サイダーって潜水艦の中で飲んでたって話だろ。地上には置いてねえだろ」
「くだらないこと言ってると分隊長に叱られるよ」
再び作業を開始しようと屈みこんだマリナとカズヤだったが、トモヤは計画を諦めきれない様子だった。
「俺はやるぞ……なんとしてでもやる。西側にさえ行ければ、こんなしょうもない生活とはおさらばできるんだ……。もし俺が車を用意して、いつでも出発できる状況になったら、お前らついてくるか?」
「そんな奇跡みたいなことが起こったら、西でも南でもどこへでもついていくよ」
「そうね。まずはモノが揃わなきゃ、行くとも行かないとも言えないわね」
「俺はやってやる……必ずだ」
若い世代を中心に、こうした離反の思想が広まっていた。
自治区を離れて生活できる当てがないので、大抵は思想止まりで実行する者は少ない。
彼らの多くが夢想していたのは、西側に存在する理想郷だ。
西にたどり着けさえすればなんとかなると、若者は想像をたくましくして、ゾンビのいない世界がアメリカ軍か自衛隊によって運営されていると信じていた。
ヘリコプターが、そのような世界は無かったと報告してもなお、理想郷の存在を信じて疑わない層が一定数いた。
トモヤもその一人である。




