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阿澄を説得しに出向く

今夜の観測所任務は僕と阿澄の二人で行う。

通常のシフトではなく、中島班はマンションで待機してもらっている。

まったく、このような事態下にあって色恋沙汰の世話をしなければならないとは、平和もいいとこだ。


今回僕と阿澄が組んだ理由は他でもない、鈴木の件で阿澄を説得して工場に連れ戻すためである。

夜這いに失敗して、鈴木からの返事もまだ得られない阿澄は酷く落ち込んでいて、取り付く島がないといった感じだった。

何しろ花の乙女があそこまでやってにもかかわらず、無碍にされたのだ。

気持ちはわからないではないが、それでも意地を張り続けるのを黙って見ているわけにはいかない。


今夜の観測所は、いつになく冷え込んでいた。

それとも僕が久々にここに来るからそう感じるのかもしれない。

最近はずっと阿澄と中島班に任せっきりだった監視任務だ。


説得が主な目的とはいえ、監視を疎かにしては本末転倒。

M24を規定の場所に設置した後、僕は阿澄に話しかけた。


「戻ってこいよ。みんな心配してるぜ」

「戻れないよ。もう、戻れない」

「どうして。気にするこたぁない」


「気にするに決まってるでしょ! 私だって本当はあんなことしたくなかった。仕方なかったのよ。急にこんなことになって、もう意味分かんない。何もかもおしまいよ。私は尻軽女だと思われただろうし、みんなに合わす顔がない」

「人に性格なんか無くて、ただ出来事があるだけだってムージルが言ってたよ」


「誰よそれ!」

「オーストリア人」


「オーストリア人が何と言おうが、アメリカ人に殴られようが、私はぜったいに戻らない!」

「意地を張るのはよせって。風呂にも入りたいだろう。いつまでもそんな焼きミョウバンで体を拭くわけにはいかないだろうに」

「うるさい!」


説得はやはり無駄なようだった。

中島はなぜ僕にしかこの役は務まらないと言ったのか。

彼のほうがよっぽど適任なように思われるのに。


正面突破が難しい場合、左右後方、時には上方下方から攻めるのは戦略の基本だ。

柔軟な視点こそ生き残る最も重要なファクターなのだ。

女性を口説くときも同様、同じ視点に凝り固まって無理に我を押し通そうとすればヤケドする。


これは一旦引いて出方を考えたほうがよさそうだ、と判断した僕は、M24のところに戻って、監視するふりをしながら対応を考えた。

監視するふりと言ってもスコープは覗いていたし、ちゃんと注意していた。

なんとか対応策を練り上げた僕は、再び阿澄の側へ行く。


「イワンが引っ越すらしくて、掃討作戦を手伝ったんだ。ほら、中島班のところでやったのと同じ感じのやつだよ」

「へえ」

彼女は気のない返事をする。


「行ってみて驚いた。中に2体の怪物がいたんだ。これまでに遭遇したことのないタイプの怪物だった。それでイワンの引っ越しは延期になったのさ」

「大丈夫だったの? 怪我人はいたの?」

「幹夫がやられた。息はあるが目は覚めない。イワンの見立てでは二三日以内に目覚めるだろうとのことだけど、目覚めてもすぐに動けるようにはならないそうだ。三箇所ほど骨折してるんだとよ」


嘘だった。

骨折したのは本当だが、幹夫は工場に連れて行ってすぐ目覚めている。

阿澄の同情を誘い、色恋沙汰に気を悩ませている場合ではないと悟らせるためだ。

効果はあった。


「気の毒に。ちゃんと作戦は立てなかったの?」

「立てたさ。立てたけど幹夫はあの歳だ。やっぱりキビキビ動くには不向きだよ。敵と対峙したときに頭に血が昇っちゃって、擲弾が爆発しない距離で撃ったんだ。爆発していたら、幹夫はヒーローだったんだけどね。怪物二体を仕留められたわけだから」


「酔っちゃったんだわね、きっと。勝てると思って急いでしまったんだわ」

「君が同行していたらこんなことにはならなかったろう。君は誰よりも距離をとって戦うタイプだし」

「ライフルは通用しなかったの?」


「5.56mmじゃ傷もつかないほど頑丈だった。ダネルを持ちだしたのは正解だったが、場所が悪かった」

「7.62mmだったらどうなの」

「イワンがSV-98で仕留めたけど、当たりどころによっては7.62mmでも弾かれてたかもな」


「そのイワンは引っ越しちゃうのよね。もしその場にイワンがいなかったらどうなってたと思う?」

「全滅もありえた。その前にこの区画はこんなに平和になってなかっただろう。なにせイワンがマンホール掃除をしてから、手長足長もぱったり出現しなくなったし」

「私達、残された時間で少しでもイワンに匹敵できるよう訓練しなきゃダメね」

「その通りだ」


理解が早くて助かる。

彼女の気持ちはもう八割方帰るほうに向いている。

あとは最後のひと押しを加えれば完璧だ。


「みんな寂しがってるよ。マミが一番、君がいなくなって悲しんでる」

「あなたはどうなの。寂しくないの?」

「僕? 僕も寂しいよ。みんな寂しいんだよ」


少し間があってから、阿澄は言った。

「わかった。家では今日で終いにする」

「そう言ってもらえて助かるよ」


阿澄の帰還が決まった。

金輪際このような説得は御免被りたい。

ストレスで胃のあたりがキリキリ痛む。

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