イワンの真面目な話
ロシアを横断して日本に来たというイワンに、外国の状況を聞いておきたいと思い、交わした会話の内容。
「イワン、ふざけないで答えてくれ。ロシアは今どうなってる」
「軍が政権を奪った。国営放送で住民は家から出ないか、シェルターに逃げるよう言われた。その直後俺はユキと会って、キロフスクに向かった」
「そこで飛行機に乗ったのか?」
「そうだ。ウラジオストクまで飛んでった」
「街の様子はどうだった?」
「ここと大して変わらない」
「ロシアの戦闘機を見かけた。軍は機能しているのか?」
「ソ連時代に作った核シェルターに、軍人やその家族、医者、金持ち、その他諸々が避難していると聞いた。詳しくは知らない」
「他国の情報はないのか。アメリカ、ヨーロッパはどうなってる」
「もともとニュースを見ない質でね。見ても肝心の情報は入ってこないから」
「海はどうだった。どうして飛行機で渡って来なかったんだ」
「飛行機で密航するのはリスクが高いから。それに万が一海上自衛隊、海上保安庁に見つかっても、ユキの保護を理由に一時的にでも入国できると踏んだ。ロシアの状況が日本に伝わっていれば、そのまま送還される可能性は低いと思ったんだ。ユキにはパスポートや身分証明書の類は全て持たせてあったからね」
なるほど合理的ではある。
しかしペテルブルグから日本を目指すのは通常の思考ではありえない。
いくらユキに頼まれたといっても、北欧や東欧、いくらでも逃げ道がありそうなものだ。
「地続きで行ける場所は選択肢からは外した。ロシア全土が壊滅的な被害をうけるほどのパンデミックだ。当然ヨーロッパにも広がっている、これから広がるものだと予想した。海で隔たれている日本ならまだマシかと思ったが、違ったようだ」
「マンホールから出てきたようなタイプのゾンビは、ロシアにもいたのか?」
「いなかった。かわりに大きい怪物みたいなのはゴロゴロいた」
「顎が大きいキマイラみたいな奴か?」
「そういう分かりやすい形はしていなかった。肉の塊に手足がついたようなのだ。横浜で似たのを見た。それは小さかったが」
「イワンはこの事態をどう考える。何が原因でこうなっていると思う」
「テロ、生物兵器、事故、実験、あらゆる可能性がある。宇宙人の侵略、ユダヤ人の陰謀、荒唐無稽と思われるような原因でも、各国の現状からしたら現実的な話だ。北朝鮮の暴走、中国の攻撃、あるいはロシアの謀略か中東の戦略か」
結局はどの説であれ確かめようがないというわけか。
「ところで元スペツナズだというのは本当なのか?」
「本当だ」
まあここで嘘だったと言われてもそっちのほうが困る。
「最後に聞いておきたいんだが、何度も繰り返すようで悪いんだがユキはイワンにとって何なんだ?」
「ユキは俺のヨメ」
「それはもう疑わない。しかし嫁だとしてもまだ高校生の年齢だということにはかわりない。いざというときには足手まといになるだろうし、イワンにとっては外国の小娘だろう。正直なことを言うと、彼女にそこまで固執する理由がわからない」
「なあに惚れた弱みよ。ユキは嫁で、俺の大事な家族だ。家族は死んでも守る。それが男の役目だからな。お前も彼女を大事にしてやれよ」
「ありがとう。じゃあ、おやすみ」
晩酌を続けるイワンを残して僕は二階にあがった。
近いうちにイワンとユキは自分たちの新居を見つけて引っ越すらしい。
本命は台東区にあるユキの実家だったが、今となっては別にどこでもいいそうだ。
できれば工場の近くか、最低でも連絡が取り合える場所にしてくれとイワンには言っておいた。
残るはユキがどう言うかだが、それはマミの説得に任せてある。
とにもかくにもカードが出揃わなければ勝負にならない。
総力戦は最終手段、まずは総力と呼びうる戦力を集めなくては。




