たこ焼きの缶詰を食べる
世の中には摩訶不思議な缶詰が数多くある。
その一つがたこ焼きの缶詰だ。
世界中どこに行っても日本にくらいしか置いていないたこ焼きの缶詰。
日本でもごく一部の店でしか取り扱っていないというレアな缶詰だ。
僕たちが宅急便のトラックから盗んできた品物に、そのたこ焼きの缶詰が含まれていた。
賞味期限は2018年。
あと2年は食べられるという驚異的なたこ焼きだ。
既に一階では宴会が始まっている。
持ってきた品物の中に非常食セットが詰まったダンボールがあり、ラーメン、筑前煮、ハンバーグなどなどレアリティの高い食品がゴロゴロ出てきた。
非常食を非常用にとっておくという発想は僕たちにはない。
なぜなら現時点で既に非常事態であり、いつ死ぬともわからない身で明日のために備える意味はないからだ。
ウイスキーやラムを水で割って飲みながら非常食をパクつくのは、この世界では贅沢以上、言うならば豪遊に等しい。
中島班にも分けてやらなければならないが、とりあえずは毒味として僕たちが先に食べることにした。
彼らもそうやってお菓子を毒味したのだから文句は言えまい。
夕方に眞鍋を観測所に送ったので、工場にいるのは僕、鈴木、田中、マミ、イワン、ユキの六人である。
阿澄はまだ鈴木と会いたくないというので観測所に残っている。
阿澄だけ相伴にあずかれないというのは可哀想なので、眞鍋を送って行くときにイワンにたこ焼きの缶詰を持たせてやった。
今頃は観測所でも食べている頃だろう。
さて味見である。
いい感じに出来上がった舌には濃い味付けがふさわしい。
一口食べてみる。
なんとも微妙な感じだ。
たこ焼きの味はするし、紛れも無いたこ焼きではあるのだが、缶詰っぽい感じが拭えない。
しかし酒のつまみとしては上出来だった。
当然マヨネーズはないので、青のりだけをかけて食べる。
冷えた炭酸水があればハイボールで頂けるのだが、あいにく水割りでの飲み会。
どれだけ食べても「最高」とはならない。
不味いわけではないのだが、摩訶不思議な味だ。
「たこ焼きって粉物でしょ? 材料があれば作れるんじゃないの」
マミがたこ焼きを食べながら言う。
「タコが無理だろう。それに粉には小さい虫がわくから、賞味期限切れで状態が変わっていなくても害があるかどうか見極めづらい」
「またイワンたちに獲ってきてもらうってのはどう? マグロのときみたいに」
「あのマグロだって若干傷んでいたろう。僕は腹を壊したぞ」
「他のみんなは平気だったけどね」
僕の貧弱な腹はなんなんだ?
「ムシの話? ムシのロシアンジョーク知ってるよ」
泥酔状態のイワンが僕たちの会話に割って入ってくる。
「田中酒弱すぎてつまらないデスネ。あっちで潰れてるよ」
性懲りもなくバーボンをガバガバ飲んだのだろう。
例によって田中は大の字で寝転がっていた。
「ドイツ人が水とウイスキーに虫を入れて実験シました。ウイスキーに入れた虫は死んだので、ドイツ人は“虫を殺すなんて体に毒だ”イイマシタ。ロシア人が同じ実験をすると、やっぱりウイスキーに入れたほうの虫だけ死にマシタ。ロシア人は“これで体内の虫コロせる”言って喜びマシタ」
ユキであれば大爆笑モノのジョークなのだろうが、僕たちには笑いどころがわからなかった。
イワンにとって日本語は外国語だ。
外国語で自国のジョークを伝えるのは難しい。
ジョークにはその国独自のニュアンスなんかも含まれているから、外国語に変換したときに笑いどころが失われてしまう。
僕たちが笑わないので、イワンは寂しそうに去って行き、同じジョークをユキに披露した。
言うまでもなくユキは大爆笑して、椅子から転げ落ちたはずみに田中の顔面に肘をぶつけ、飛び上がった田中がウイスキーの瓶を割ってしまうと、イワンがブチ切れて田中を殴ろうとし、僕とマミで止めた。




