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体術/恋愛/窖

自称元スペツナズのイワン。

本名はイワン・イワノヴィチ・イワーノフ。

嘘か真か、SV-98で1200m先のゾンビを仕留めたことがあるとのこと。


特殊部隊出身なら体術の心得くらいあるだろうと思って、寝る前に訓練をお願いしておいた。

早速敷地からは激が飛ぶ声がしている。

なるべく静かにやってくれと言っておいたのだが、彼には伝わらなかったようだ。


ともかく二階には僕と阿澄が残された。

彼女は監視任務についている。

これで騒音に悩まされずゆっくり眠ることができる。


皆には悪いが、おそらく特殊部隊の体術はゾンビ戦では役立ちそうにない。

近づかれれば囲まれて一巻の終わり。

格闘している余裕など最初からないのだ。


夕べの疲れもあって、僕は八時間ぐっすり眠った。

目が醒めたのは六時頃である。

眠っている間に交代したのか、窓際では阿澄ではなく田中が銃を覗いていた。


敷地にはいつの間に運んできたのかUral Typhoonが停まっていた。

車の後方で人の声がしている。


「燃料を運んだのか」

下に降りて尋ねると

「マミさんに言ったら使っていいっていうから、イワンと二人で運んだのよ」

ユキが答えた。


「誰も手伝ってやらなかったのか」

「近くに停めてあるから、自分たちだけで大丈夫だとイワンが言ったんだ」

鈴木は心外だというふうに言う。


「オ兄サン、オハヨゴザマス。車ここに停めてもダイジョウブ?」

「できればもう少し端に寄せてほしかったけど、ここでも良いよ」

「日本人ヤサシイね。ロシアで駐車違反、即ケンカなる。でもヴォトカで、仲直り」

「ハハハ……」


僕は力なく笑うしかなかった。

彼らは数日滞在して、その間に都心部を自力で偵察した後で台東区に向かうそうだ。

これまでもそうやって進んできたのだろう。


イワンの手にはいつの間にかSV-98ではなくVSSが握られていた。

ユキは減音装置サプレッサー付きのPP-19 Bizonを持っている。

並んで立っている様子はまるで本物のスペツナズである。


工場に戻って皆で夕食を摂る。

ユキとイワンは隣り合って腰掛け、仲睦まじく話しながら食べていた。

観測所には鈴木が向かった。


「いいわね。ああいうの」

「中島みたいなことを言うな」

「だって新鮮じゃない。夫婦を見るなんて」


日野市役所にも、僕らの中にも夫婦で生活している人はいない。

騒動の発生時間からして、離れ離れになっている状態でパニックが起こったからだ。


「あ、夫婦で思い出した。阿澄が鈴木にアタックかけるから、時間空けてくれだって」

「どういうこと?」

「寝込みを襲うみたい。私たちは邪魔者」

「そんなこと言ったって他に行き場がないじゃないか」


阿澄の気持ちは応援したい。

しかし寝込みを襲うとはつまりそういうことだ。

一階にいるにしても気になって致せないだろう。


「私たちは屋根に居ましょう。それなら音も聞こえないし、阿澄たちの邪魔にもならないでしょう。田中はイワンたちとどこかへ行ってもらう。これでどう?」

「どこかってどこだよ」

「どこか遠くによ」


近々彼らが行うという偵察に同行させるか。

田中の運動神経は鈴木に匹敵するくらいだし、反射神経は随一だ。

たまに見せる超人的な動きがあるから、大事には至らないとは思うが……。


「本人にも言ってから決めよう。行くたくないなら無理に行かせないほうがいいし。おい、田中こっちに来い」

離れたところで漫画本を読んでいた田中が寄ってくる。

部屋の端に田中専用のスペースがあって、四方を板で囲ってあるのだ。


どうしても夜に漫画を読みたいという彼のために作った例外中の例外。

ここでなら小さな明かりをつけてもいいというルールなので、非番のとき彼はいつもこのスペースにこもって漫画を読んでいる。


「呼んだ?」

「お前イワンたちの偵察に同行するか?」

「行く」


躊躇せず言った。

さすがに面食らう。


「行くってお前大変だぞ。ついていけるのか?」

「大丈夫だよお。最近体力も筋力もついてきたし」

彼の隆起した力こぶは、誰もが認める男の勲章だ。


「わかった。じゃあそういうことで。下がっていいぞ」

田中はいそいそとあなぐらに這っていく。

そんなに漫画が好きなのか。


「ヒューイはいても問題無いだろう。犬に恥じらう年齢でもあるまい」

「仕方ないわね。ヒューイを他所にやるわけにはいかないし」

「マンションに移す手もあるが、そこまでするこたぁないよな」

「ええ、いくらなんでもそれは気を利かせすぎて、鈴木のほうが不審がるでしょう」


「僕らが二人揃って屋根で監視することの言い訳はどうする? 計画はあるのか」

「それは心配ない。鈴木には、その日私があなたにアタックするって言ってあるから」

「それ事実?」

「ヒミツ」


そういえば秋は恋愛の季節でもある。

動物たちは冬に備えてモリモリ食べ、モリモリ子供をつくる。

人もまた等しく動物であるということか。

万物の霊長たる人間も季節には勝てぬ……南無。

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