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なぜ中島は喋らなかったのか

言うまでもなくイワンは中島のストライクゾーンである。

筋肉質で白人、おまけに屈強で頻繁に笑う。歯も白い。

それなのに彼はイワンが喋っている間、何も言わずに警戒任務に徹していた。

イワンとユキが床に就いてから、中島にどうして喋らなかったのかを聞いてみた。


「アタシ外国人好きだけど、こんなに近くで見たのは初めてなのよォ。ビビっちゃって手が震えて困ったワ」

「こんな機会もうないかもしれないぞ」

「わかってるわよ。シミューレーションしてから会いに行くから、しばらく工場で引き止めておいてくれない? お礼はするから」


「お前の礼なんざいらない」

「こらっ、またそういう口のきき方をして! お前じゃなくて“お姉さん”でしょ」

「了解おじさん。いてっ」


二の腕をつねられた。

つねり方がどんどん熟練して非常に痛くなってきた。


スチール製のごみ箱をひっくり返したような音が響いた。

下の道路からである。

先ほどイワンたちが居た辺りに、数体の手長足長が現れ、探すような素振りをしている。


鈴木が銃で威嚇した時には一目散に逃げたのに、今回のは様子が違う。

やけに好戦的な手長足長だ。

ゴミ箱をひっくり返したような音は、手長足長が周囲を蹴散らしている音だった。

イワンたちが見つからずにイライラしているのか、手当たり次第に物を蹴りあげている。


中島に視線を送ると、黙って頷いた。

こちらに気づいて襲ってくるまでは待機、である。


手長足長の暴挙は朝まで続けられた。

結構なうるささだったけれども、ユキとイワンは目を覚まさなかった。

イビキをかいているイワンはともかく、イビキと騒音両方を気にしないユキは、将来が楽しみなくらいの図太さっぷりだ。


手長足長がマンホールに戻り、翅型ゾンビが飛翔する間のごく僅かな時間、僕たちは迎えの車に乗り込んで帰途につく。

クーガー装甲車、ハンヴィーを見たイワン、ユキは意外と驚かなかった。

二人をマンションに行かせても別によかったのだが、聞きたいこともあったので工場に来てもらう。

それを見越して中島も工場に引き止めろと言ったのだろう。


さて工場についてからが一波乱だ。

二人が何日風呂に入っていないのかは知れないけれど、ハンヴィーに乗り込むと割りと強烈な臭いがした。

急遽、小型無線機で連絡して風呂の用意をしておいてもらった。


「ワーオ! ジャパニーズ風呂! ゆるゆりでこれと同じの見たマシタ!」

大興奮のイワンと

「エッ、マジ? ここ風呂あんの? サイコーじゃん!」

大興奮のユキだった。


それから風呂から出て工場の一階にある酒(最終的に工場とマンションで半々に分けた)をイワンが発見し、彼はこの世のものとは思えないほどの喜び方をした。

まず大地に接吻し、賛美歌を歌い(田中と一緒に)、小躍りしたのだ。

彼はロシア人だけあってウイスキーを一瓶空けた。


「ヘイ、オ兄サン。ここにはウォッカはないのか? 赤ワインでもイイゼ」

「あいにくウォッカも赤ワインも置いてないよ」

「正気か? これだけ揃えてウォッカがないなんて」


ユキがそれを聞いて含み笑いをする。

「彼ったらね、港を出るときにたくさんウォッカを持ってきたんだけど、日本についてすぐ港でゾンビに囲まれて、全部燃やしちゃったの。火炎瓶にして」


「ヤムヲエズ、クニクノサクデス」

「少なくともイワンの日本語能力は田中以上だな」

「それはねえよお!」


「じゃあ私も貰おうかな」

ユキがウイスキーに手を伸ばす。

「ちょっと待て、君は未成年だろう。酒はダメだよ」


「そうだ、ユキは飲んじゃイカン」

まさかイワンまで止めに入るとは思わなかった。

少し前までロシアでは、ビールが清涼飲料水扱いだったと聞く。


てっきりもう既にユキに飲ませているものとばかり思っていたのだが、人は見かけによらない。

ステレオタイプで判断するのはやめておこう。


「妊婦ニ酒は毒ダカラ」


「は?」

僕は耳を疑った。

「は?」

田中も同様だ。

「は?」

マミでさえ語気を強めて言う。

「は?」

阿澄の声を久々に聞いた。


「私とイワンは結婚したのよ。日本海の上で式も挙げたわ。朝日をバックに二人きりでね」

「それ以前の問題だろ。ええと、君歳はいくつ?」

「18歳。別になあんにも問題じゃないでしょ」


たしかに違法ではない。だが不適切だ!

そりゃあ年頃の男女が三ヶ月も一緒にいて、恋仲にならないほうがおかしいといえばおかしい。

吊り橋効果がうんぬんとも言うし、ユキにとってイワンはヒーローみたいなものだし、それにしても妊娠とは、いくつか過程をとばしている!


「ユキは俺のヨメ。これ一番好きナ日本のコトワザです」

「それは諺ではない」


田中が初めて真顔でツッコミをした瞬間だった。

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