女子高生と自称元スペツナズのイワン
観測所に車で送ってもらうと、一人ビルの中に入る。
非常用階段から屋上に行くのだが、フロアに通じているドアは全部塞いであるので、最低限の索敵をしながらでいい。
屋上には既に中島の姿があって、M24の三脚を広げているところだった。
「あーらワンコちゃん、お久しぶり」
彼は、PSYCHO-PASSの体にたくさん絵が描いてあるオカマの台詞を言った。
ほぼ毎晩定時連絡の際に会話しているのだが、それはカウントされないらしい。
「やっぱり若いコっていいわぁ。ほらあのマンションでアタシが一番若いじゃない? だから大変なのよォ」
(一瞬同意しかけたが実際は二番目に若い。勘違いだろうか?)
「無駄口を叩くための監視じゃないぞ」
僕は中島が話しかけてくるのを無視して、別方向を監視するため担いでいたM24を下ろしセッティングした。
しばらくブーブー言っていた中島は、数分で諦めたのか定位置に戻って、ネイルアートし始めた。
そんなものをどこで拾ったのか、彼の爪には花柄の模様があしらわれていた。
午前0時をまわったくらいだろうか。
巨大マンホールの蓋が外れて、中から手長足長が出現した。
僕や中島にとって直接見るのはこれが初めてではないため、別に驚かない。
観測所からは毎晩現れると報告があったのも驚かなかった理由だ。
だが、手長足長が走りだすと同時に、銃声がして1体の頭が吹き飛んだ。
咄嗟に振り返って中島を見た。彼が射撃したのだと思ったからだ。
しかし彼も同じことを思ったらしく、同時に振り返って目が合った。
指で合図して中島を呼び寄せる。
眼下の道路を見やると、一発の銃声で二体の手長足長が吹き飛ぶのが見えた。
「どういうことだ?」
「アタシに訊かないで」
「いつでも撃てるようにしとけ」
雄叫びが聞こえた。人間の声だ。
カウボーイ、もしくはブラックマヨネーズの禿げてるほうがやるみたいな叫び方だった。
横に抜けられる道路から二人の人間が歩いて出てきた。
どうりで銃声だけ聞こえたわけだ。こちらからは死角の位置から撃っていたのだ。
ふたりとも目出し帽で顔を覆っていて素顔が見えない。
体格からして一人は女性だろう。
そしてもう一人は、熊かと見紛うほどの巨体。
明らかに玄人の雰囲気がある。叫んだのはこの男である。
女性の方はSaiga-12Sを手にしている。
これで手長足長を仕留めたのか。
男の方はSV-98を手にしている他、巨大なリュックを背負っている。
「ねェどうするの? 位置を知らせる?」
「それは僕がやる。テントに戻って連絡を頼む。十五分後に再度連絡がなければ迎えに来いとも伝えてくれ」
「アイアイサァ」
中島がテントに戻ると、すぐさまペンライトで交信する。
チカチカと点滅させるだけでいい。モールス信号などやる必要はない。
男の方は察しがよく一瞬で光に気がついた。
周囲で光っているのはここだけだろうから当たり前の話ではあるが、女性はまったく気づかなかった。
男がスコープを覗く。
見られていると思うと緊張する。
戦闘の意志がないことを伝えるため軽く手を降ってみせる。
加えて上がってこいというジェスチャーをする。
数分後、彼らが現れた。
男の方は近くで見るとかなりデカい。
2m以上は身長がありそうだ。
女の方は160cmくらいだろうか。
「オ兄サン、ジエイ隊の方デスカ?」
予想はしていたが男は外人だった。
「この人ね、ロシア人。イワンって名前。日本語上手でしょ!」
女性の方は日本人らしく、声からすると若めだった。
とにかく気になる質問を片っ端から浴びせかけた。
何せこの二人、どこからどう見ても不審人物、怪しくないところがない。
片言のイワンが語ったことを簡単にまとめるとこういうことだった。
女子高生のユキは、夏休みに家族とロシア旅行に出掛けていた。
その間にロシアでもゾンビ騒動が起こり、空港は封鎖。
両親はゾンビに噛まれ、隣の爺さんが芝刈り機で轢き殺したのだという。
それからユキは一人街をさまようはめになったのだが、そこで元スペツナズだというイワンと出会い、意気投合。
日本まで送ってくれると言うので、ウラジオストクにある彼所有の船舶で日本に上陸。東京を目指していたのだそうだ。
ペテルブルグに旅行しに行ったはずが、どうやってウラジオストクまで行ったのか尋ねると、イワンの飛行機に乗ってシベリアを飛び越えたのだと語った。
「俺ハ日本ノアニメ大好キダヨ! タダで良好デキてラッキーだっタヨ!」
どこからどこまでが真実なのか、にわかに信じがたい話の連続に頭痛がしてきた。
「それでお兄さんは誰? 自衛隊じゃないの?」
「僕は自衛隊じゃない。民間人だ」
「それなのにイワン並に銃を持ってるのね」
「俺ハC-4モ持っテキタよ。見る?」
「見ない」
「ここは君たちが目指してる東京の端だよ。どこから来たらこんなところに行き着くのか……まあいい。とにかく夜間に歩くのは危険だ。朝までここで待ったほうがいい」
「途中までイワンの車に乗ってたんだけど、燃料がなくなっちゃって。ガソリンスタンドを探して歩いてたのよ」
「それも朝になったらでいいだろう。ハンヴィーで牽引させよう。ガソリンスタンドの場所も知ってる。ところでお目当ての住所はどこなんだい?」
「台東区のマンションよ」
なるほど。僕も事態を把握しきれているとは言いがたいが、このユキとかいう子よりは現状に詳しい。
都心が今どういう状況にあるのか、説明しておいたほうがいいだろう。
「まあゆっくりしていってくれ。テントの中には水と食料がある。朝まで眠るといい。説明は明日、仲間にも君たちを紹介しよう」
僕の言っている言葉がチンプンカンプンだというイワンの表情を見て、付け加える。
「イワンにも訳してやってくれ」
しばらくテントの中からロシア語の会話が聞こえていた。
が、やがて静かになり、イワンのイビキがし始めた。
女子高生と元スペツナズ。
ヨルムンガンドで似たコンビがいたな、と僕は苦笑した。
面倒事はごめんである。