地震発生/スクランブル
手長足長の狙撃から数日後、関東地方は地震に見舞われた。
震度7弱の自身は、メンテナンスする者のいなくなった東京には厳しい揺れだった。
古い民家は倒壊して、ビルには亀裂が入る。
中島班のマンションが心配だったのですぐに連絡すると、駐車場にひび割れが出来た以外は無事だという。
倒壊しなくてよかったと安心した。
日本人は地震になれているといっても、それは復興する資金が行政によって支払われたり、各地からボランティアが押し寄せたり、自衛隊が出動してくれたりといった他人の救援をあてにできるからである。
今では隣人の助けさえ借りられない。
壊れたものや倒れたものは自分たちの手で直すのだ。
日中、田中と付近一帯の状況把握に出た。
被害は甚大だった。
とくに地下の治水機能が壊れて機能しなくなったものと見え、この分だと次の大雨で冠水してしまいそうだった。
物品をお助けしなければならない。
へうげものの古田に似た心境になった僕は、中島班の装甲車も駆り出して、地下施設にある物品を一先ずどこかに移動させることにした。
食料、水は言うまでもなく、今後必要になりそうなものは全て運び出す。
仮置きには、工場周りにある別の工場をあてがった。
これまでにない規模の大仕事である。
せっかく引越し作業をサボタージュできたというのに、これでは意味が無い。
腰がズキズキし始めてもやめるわけにはいかず、雨は降るな降るなと念じながらの作業だった。
三軒分の物品を運びだしたところで一日目の作業を終了させた。
今晩も誰か一人を観測所に送らなければならない。
地震発生直後でゾンビたちも気が立っていることだろう。
観測所には阿澄を送り出した。
日中の作業では彼女を先に休憩させて、夜の監視に備えておいたのだ。
「今日の地震って、南トラフかな」
夜の監視中にマミが言った。
「どうだろう。南トラフだったらこんなものじゃ済まない気がする」
「これからも起こるんだろうね、地震」
「地震大国だからなぁ」
田中と鈴木は呑気に寝息を立てている。
あれだけの地震があった晩だというのに神経が図太い奴らだ。
「地震だけじゃないわ。冬になれば雪が積もるだろうし、今の時期は台風が来る」
「仕方ないよ。人間は自然には逆らえない」
「そうじゃなくて、今日の地震、人生で一番恐いと思った。うまく説明できないけど、ああ、死ぬかもしれないって本気で思ったのよ」
「これまでとは訳が違うからね。ぜんぶ自分で片付けなきゃならないし」
「ホントに、今くらい勘弁してって感じ」
まったくその通りだった。
今回の地震で東京が受けた打撃は、後々僕たちの生活にも影響してくるだろう。
何やらゾンビたちの活動も活発化しているようだし、泣きっ面に蜂とはまさにこのことである。
小型無線機から報告が入る。
西の山に正体不明の光が見えるという。
「マミ、なんだと思う?」
「この前と似ているけど……」
F-4 Phantomの光と非常によく似たものが、西の空を飛んでいる。
「PAK FAじゃないからしら? 完成していたのね……」
彼女の言い分によると、ロシア軍機がスクランブルを組んで飛行しているのだという。
ロシアの戦闘機をガンガン飛ばすのはロシアくらいしかないから、アメリカ軍機よりも分かりやすいらしい。
銃はダメでも戦闘機に詳しい彼女は誠に謎だ。
「地震のたびに飛ばして、今回はあんなに近くにいる。東京上空を他国の戦闘機が飛ぶなんて、平時なら戦争級ね」
「この際ロシア人に爆撃してもらってゾンビを一掃してもらいたいね」
再度、小型無線機から連絡が来る。
東の空にも未確認飛行物体が飛んでいるとのことだ。
そちら側を見ると、紛れも無いF-4 Phantom二機が急速に接近してくる。
PAK FAは大急ぎで西側の山の向こうに消えていった。
「こんな状況の中で、お偉いさんは戦争ごっこ?」
「一体何が始まろうとしているんだ……」
少なくともロシアには戦闘機を飛ばすシステム、人員が残っていると分かったのはいいのだけれど、素直に喜べない夜だった。