表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/230

アルテミスは羊の数を増やす

引っ越しは滞り無く行われた。

区画にいるゾンビはあらかた片付けておいたから、作業中の護衛は屋上に配置した狙撃手スナイパー二人で十分間に合う。

あとは肉体労働系の男たちを荷揚げに当たらせばいい。


8人は今日からマンションで暮らしてもらうとして、護衛には僕と田中がついた。

どこに何を運ぶのかは、暮らす本人たちが決めるのが一番いいだろう。

屋上から見下ろすと、皆せっせと荷物を運んでいるのが見える。


彼らに荷物を担当させるのは我ながら良いアイデアだった。

これで腰の心配をしなくてもいい

ぎっくり腰になったらそれこそ目も当てられない。

その日に症状がでなくとも、椎間板ヘルニアになればお先真っ暗である。


翅形ゾンビの危険がなくなったので、作業は朝から行った。

8人分の荷物があるとはいえ、家具類はほとんどない。

工場の一階にあったもので、必要そうなものを僕らのグループとわけあったのだ。


120mm迫撃砲 RTは、工場よりも見晴らしのいいこちらに設置する。

それからブローニングM2重機関銃。これを1挺屋上に設置する。

冷蔵庫や洗濯機がない引っ越しでは、この重機関銃が一番の重荷だった。

設置は僕が一人でやった。


「寂しくなるわねェ、ワンちゃんとも田中っちともお別れなんて、アタシ泣いちゃいそう」

「お別れって、ここから工場と連絡し合えるし、最悪車が無くても徒歩で行き来できる距離じゃんか」

「ンもう、野暮ねえ。こういうのは嘘でも寂しいと言うものヨ」


昼休憩のとき、みんな昼食は屋上で摂った。

これでも中島は他の面々と比べて気が利く。

射撃の腕前も8人の中では随一だし、こちらのリーダーは彼が務めることになりそうだ。

これから連絡をとりあう際、彼と相談しなければならないと思うと、若干気が重い。


「俺ぁ、中島さんのこと忘れないぜ」

「田中っちったら、嬉しいこといってくれるじゃない」


マミから聞いたのだが、中島が好いているのは田中ではなく鈴木らしい。

毎度どこからそういう情報を仕入れてくるのか不思議でならない。

女の勘というやつだろうか。


「中島、後でもう一度伝えるが、確認しておく。共同作戦を行う場合は、事前に連絡を入れること。遠慮せずガンガン相談してくれ。それ以外にも困ったときはまず連絡すること。独断で動くのはNGだ。それから定期連絡は毎日3回。朝、昼、晩だ。可能なら深夜も生存確認をしたいところだが、まあ、そこまで密にしなくてもいいだろう」


「まったく心配しすぎだってば。アタシたちは大人なんだから、そんなに言わなくてもわかってるわよ。見張りは交代で毎晩2人は立てること、でしょ?」


「必要だと判断した場合はそれ以上立てる。減らすのはダメだ」

遠征中寝てしまったことを考えると、三人でもいいくらいだ。


「はいはい、了解」

「そっちから伝えておきたいことはないか?」

「そうねェ」


「マミちゃんによろしく言っておいてくれる? ほら、最近バタバタしてたから、インゲン料理の仕方教えるって言ったまま、結局教えられなかったのよ」

「伝えておく」


午後の作業は遅々として進まなかった。

なぜなら気温が上がって皆ダルそうに働いたからである。

気が抜けて体幹がずれると、キビキビ動く以上の疲労がたまる。


筋肉質の飯島幹夫は、暑さと疲労でイライラしていた。

「今日からここでって冗談だろ! 戻って風呂に入らせてくれよ」

屋上で詰め寄られたが、約束は約束だ。今日から入居してもらう。


夕方四時に全部の荷物が中に入れられた。

最終点検をしてから全員の前で約束事を伝え、中島には紙に書いたものを渡す。

「それじゃあ俺たちは行くから……なんだあれ?」


前にブローニングM2重機関銃で殲滅したはずの翅型ゾンビが、西方の空に舞っている。

撃ち倒したのと遜色ない数量のゾンビが飛んでいるではないか。

翅が夕日を反射してチカチカする色が、以前のゾンビとは違っている。


以前はオレンジ色だったのが、今飛んでいるのは緑である。

気配もなく一体どこからあんな量が湧き出てきたのか、頭にカーッと血が上って銃を撃ちそうになる。

なんとか気を落ち着かせられたのは、田中がこう呟いたからだ。


「元の木阿弥だよお」


珍しく正しい使い方をしている、と心底驚いた。

月の女神アルテミスは、美形男子のために羊を増やしてやったという。

それではゾンビの数を増やしているのは何者なのか。


常識で言えばゾンビは生殖で増えない。

一旦ピークを迎えたあとは減る一方なはずだ。

それが現状ではどう考えても増えている。

物理法則が乱れているとでも言うのだろうか?


不意に、何の考えもなしに突然イメージが浮かんだ。

マンホールから無数の翅型ゾンビが溢れ出てくる映像である。

まさか、と首を振ってイメージを打ち消すが、完全には拭いきれなかった。


盛岡聡志が語ったマンホール・ミミック。

後に手長足長みたいなゾンビだと判ったはいいものの、正体を突き止めたわけではない。

それにマンホールの中に生息していたということは、他のゾンビがいてもおかしくないわけだ。


食料はどうしているのか。

暗闇の中ではどういった生態系が成り立っているのかなど次々に疑問が生じる。

車が入れないマンホールの中を徒歩で探索するなど死と同義だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ