サプレッサーについて気にする
「消音装置ってあるじゃない? 基地にはぜんぜん無かったけど、なんでかしら?」
マミが珍しく銃に興味を持った。
彼女は撃ちたがりであっても銃そのものは好きではない。
もちろん人に向けて撃つことも好きではない。
彼女の手には書店から盗んだ(マミは金を払ったと言って譲らなかったが)銃の扱い方についての本がある。
なるほど、これを読んでいて興味を抱いたわけか。
「マニアは厳密に減音装置と呼ぶみたいだけどね。たぶん軍人の間でもそれほど普及してないんじゃないかな」
「でも映画にはよく出てくるでしょ」
「君が想像してるのは007だろ」
「007を想像しちゃいけない?」
映画と現実を一緒にするのはご法度だが、軍人とスパイを一緒にするのはもっとご法度だ。
「減音というくらいだから確かに音が小さくなりはするんだけど、完全に消すことは不可能らしい。とくにライフルなんかとは相性が悪い。反動が大きくなって制御しづらくなるし、銃身も痛む」
「なあんだ、そうなの。遠くから気づかれずに撃てるなら楽だと思ったのに」
あれだけむやみに殺生するなと言っていた彼女が、一体どういう風の吹き回しだ。
減音装置と拳銃とは相性が良いけれど、小さくて小回りが利き、咄嗟に持ち出すことに長けている拳銃にサプレッサーをくっつけては、本末転倒である。
やはりあれはスパイか特殊部隊が使ってこその代物だ。
「どうしても使いたいなら、ペットボトルに水入れてテープで固定すれば減音できるよ」
「それバーン・ノーティスでジェフリー・ドノヴァンがやってたやつでしょ」
「ザ・シューターでマーク・ウォールバーグがやってたやつだよ」
「それってテッドに出てた俳優?」
「そうだよ。ペットボトルあるし作ってみる?」
「やっぱいらない。邪魔だし」
じゃあ最初から言うな、と思った。
しかしサプレッサーか。
確かにあれば便利かもしれない。
完全に音は消せないにしても、マズルフラッシュが見えにくくなれば夜間の戦闘で役立つ。
どれだけ音が小さくなるのか、実際に実験してみる価値はありそうだ。
もしかなり音が軽減できるなら、ビルかマンションの上に観測所を設営して、街を監視できる。
近場で作業する場合、俯瞰視点からの援護があれば大いに助かる。
問題があるとすれば、減音できなかった音を聞きつけてゾンビが集まってきたときに、建物が囲まれると出られなくなることだ。
その課題さえクリアできれば、今後の作業が捗るだろう。
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「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 大変よ」
サプレッサーの試作品を作っていると、オカマの中島が血相を変えて二階にあがってきた。
彼の様子から何かただ事ではない事態が起こったのだと察して、ヒューイがウーッとうなる
「怪我人か? ゾンビの集団が来たか?」
「違うわよ。ほらこれ見て」
彼が見せたのはインゲン豆だった。
「さっき野菜に水をあげようとしたら、なってたの。インゲンちゃん。私これ大好きなのよォ。店でもよくインゲン使って料理したワ。そうだ、今夜はマミちゃん休んでて。私が晩ごはん作ったげる」
実際に畑に行ってみると、インゲンがなっていた。
というか誰がインゲンを植えたのか、僕は知らなかった。
そしてインゲンが生えている場所は、今までずっと「雑草が生えてるな」と思っていた位置だった。
面倒なので抜かずにいたのだが、これがインゲンだったとは。
あやうく抜いてしまうところだった。
インゲンは通常のものと白いものが育っていた。
中島が夕食に作ったのは、トマト缶とインゲンを煮た、インゲンのトマト煮だった。
インゲンを野菜と呼ぶのかは微妙だけれど、皆久々に見る新鮮な野菜に大興奮の夕食となった。
どれほど興奮したのかというと、騒ぎすぎてゾンビが敷地内に侵入して発砲沙汰になるくらいである。