帰りがけに奇妙な現象と遭遇する
行きの道中で道を整理しておいたので、帰りはスムーズにハンヴィーを走らせられる。
もちろん平時のようなスピードは出せないし、物音に気をつけながら進むので時間はとられる。
夜が明けて日が昇ると、車を脇に停めて翅形ゾンビの飛翔を待った。
大方が西の山と日野市に移動したといっても、この辺りでもまだそれなりに多くの翅形ゾンビが生息している。
通常の歩くゾンビと違って、飛ぶヤツは皮膚が硬質で俊敏なので目をつけられると仕留めるのに苦労する。
腕や胴体を攻撃してもまだ追ってくる生命力があり、活動停止させるにはM24で的確に頭部を破壊しなければならない。
できるならやり過ごしておきたい敵だ。
朝七時頃に一斉に飛翔する翅型ゾンビの合奏は、一聴の価値がある。
幾百、幾千もの羽音が重なって、それはそれは不気味な音色となる。
一度、工場の上を飛び去るとき翅型ゾンビの羽音を間近で耳にしたけれども、この音は近くで聴くよりも遠から聴いたほうが音域が耳に優しい。
午前中いっぱいは停車した車の中で過ごし、午後になって翅型ゾンビが巣に戻ってから出発する。
翅型ゾンビが巣にいるところを見たことがないので、午後に彼らがどこにいて何をしているのか、検討もつかない。想像もしたくないが。
「慣れてしまうものねぇ、最初にアレを見た時には、世界の終わりだと思ったワ」
「慣れるわけないじゃないの、気持ち悪い」
「あら、ブンブン飛んでてチョウチョみたいで可愛いじゃない?」
「どこが! あんなのは蝿よ蝿!」
中島とマミが意見を戦わせていた。
午後になって車を発進させる。
遅くとも日が変わるまでには工場に着けるだろう。
本来であれば夜間の運転は避けるべきだが、大規模集団と戦った興奮冷めやらぬ僕たちは、一刻も早く工場に戻って休みたい気持ちだった。
トラブルなく進めば夕方には着くはずなので、それほど無茶な計画でもない。
けれどもトラブルは起きてしまった。
それは奇妙としか形容できない現象だった。
「おおおぉ? みんな見てみろ、ありゃあ何だ?」
真っ先に現象に気づいたのは田中だった。
前方の道路に大量のゾンビがいる。
「速度を落とさず進め、妨害してくるようなら跳ね飛ばせ」
僕が直進を指示したのは、ゾンビが歩道に一列に並んで、建物のほうを凝視しながら固まっていたからだ。
まるで太陽の歌を聴いたリーデットのように、ピクリとも動かない。
規模でいうと僕たちが戦った集団と負けず劣らずの量が整列して、じっと建物のほうを向いている。
歩いているときでさえ不気味なゾンビが、こうして不可解な行動をとっていると恐怖が倍増する。
ゾンビ慣れしている僕でも、こんな光景は見たことがない。
「なんだろう、何かの儀式かな」
「わっかんねえよお!」
「儀式ではないみたい。ほら見て」
ゾンビたちは建物内を観ているわけではなかった。
よくよく観察すると微妙に動いている。
頭を数ミリ動かして、建物の壁に打ちつけているのだ
「病的ね……」
マミはそう表現した。
一列に並んだゾンビの横を通りすぎて工場に向かった僕たちは、予定通り夕方には着くことが出来た。
工場に残っていたメンバーは予定よりも早い帰還に驚いていたが、頭が混乱している僕たちは、その日のうちには何も語る気になれず、順番に風呂に入ったあとすぐに眠った。
緊張から解き放たれての睡眠。
高品質の眠りは全身の疲れを癒やし、一時の間嫌なことを忘れさせてくれた。
夜半、物音で目を醒ます。
半覚醒状態でぼうっとして、視界に靄がかかっている。
鈴木が慌ただしく皆に指示を出している。
視線を横にずらすと、マミが僕の左腕に頭をのせて爆睡している。
やめてくれ、ハネムーン症候群になってしまう……。
起きて何事か確認すべきだと良心が告げる。
睡魔の波には勝てず、再び眼を閉じる。




