ゴリラの親子と一緒にほのぼのする
「良いものよねぇ、親子愛っていうの? アタシんとこ家族の仲最悪だったから、うっとりしちゃう」
例によって高架下にハンヴィーを停めて夕食の準備をしていると、高架脇の小さな公園にニシローランドゴリラの群れがやって来て休憩し始めた。
ニシローランドゴリラは、学名ゴリラ・ゴリラという同語反復的なゴリラである。
合計八頭のゴリラのうち二匹は親子のようで、子ゴリラと親ゴリラが仲睦まじく毛づくろいをしている。
どのゴリラの体にも血痕がないため、エゾヒグマと同じくこのゴリラたちも戦闘に巻き込まれていないのだろう。
だとしたら、ゾンビと大乱闘していたオランウータンはよっぽど凶暴だったに違いない。
オカマの中島は先程から感涙に咽びなく勢いで、ゴリラを褒め倒している。
カセットコンロで缶詰を調理している間は、皆ハンヴィーの外に出ている。
銃は手放すわけにはいかないが、それでも束の間のリラックスできる時間というわけだ。
マミが調理している横で、僕は彼女を手伝っている。
手伝うといっても缶詰を開けて手渡すくらいしかやることはない。
マミはそれをフライパンにあけて加熱する。
僕もゴリラ親子の姿を見て、なんだか心の奥が温かくなるような思いがしていた。
「きっと上野動物園から逃げてきたゴリラだ」
「そう? それだと数があわないわ。上野動物園にいるゴリラは七頭だもの」
「詳しいな。ひょっとしてゴリラ好き?」
「前に行ったときに係員が言ってたのを覚えてただけ」
「ひょっとして、脱走してから産まれたのかな?」
「だとしたら奇跡ね。ゴリラにとってはこんな騒動、騒動ですらないのかも」
「野生だったらこんなことは日常茶飯事だろうしね。あのゴリラが野生を知ってるかは怪しいけど」
「知ってるか知ってないかは見れば分かるわ」
彼女はゴリラの親子を眺めながら言う。
「あれこそが野生の姿よ」
高架下には西日が差し込んで、ゴリラたちの群れを幻想的な光景に魅せていた。
コンクリートジャングルの中に佇む彼らは、生命力そのものが具現化したような力強さを周囲に放っていた。
「ンもう、ゴリちゃんたちってば本当に素敵。チューしたくなっちゃう」
「中島、あんまり近寄るなよ。ゴリラは大人しい動物だけど、子がいると守るために必死になる」
「言われなくても分かってます。ゴリちゃんに餌あげてもいい?」
「自分のぶんならな」
中島は朝食用の乾パンの缶詰を開けると、それを丸ごとゴリラの群れの中心に放り投げた。
初めは戸惑って解散しかけたゴリラだったが、一匹が戻ってきて乾パンを掴むと、駆けていった。
残りのゴリラもそれを追って駆けていく。
「ゴリちゃんたちは慌てんぼネ」
「お前なら群れに混ざってもバレないんじゃないか?」
軽口を叩くと、中島は僕の二の腕を抓った。
「いてっ」
「お口が過ぎてよ、ボクちゃん」
彼は鼻歌まじりにその場を離れて、田中の隣に腰掛けた。
そして何やら二人だけの密談を交わし始めた。
まさかとは思うがあの二人、デキてるんじゃあるまいな……。
「それはないから安心していいわ」
僕の視線から考えていることを読み取ったのか、マミが言った。
「田中は阿澄が好きらしいから」
「なんでそんな情報を知ってるんだ。直接聞いたのか?」
「阿澄から聞いたのよ。たぶんそうなんじゃないかって。ちょくちょく話しかけてくるときに挙動不審なんだって。彼分かりやすいでしょ」
「なるほど。あの田中がねえ」
田中は常時挙動不審であるように思えたが、彼の名誉のためにそれは言わないでおいた。
「阿澄のほうはどうなんだ。両思いなら応援してやらなくちゃならん」
「阿澄は……まあお察しね」
「そうか……じゃあ中島を応援してやることにしよう」
ニッカポッカ連合はLGBTにも優しい団体なのである。




