犬
出発からまもなくして、車の整備工場があったので中を探索していると、奥から雄のホワイトシェパードが駆けてきた。
結構な大きさだが、年齢は若めで3歳位に見えた。
人に懐いているようで、しっぽを振って愛想をまいてくる。
体力が落ちている様子もなく、駆けてきた方向の部屋に行ってみると、山積みになったドッグフードの袋が破けて餌が散乱していた。
これを食べて生き延びていたのか。
近くに小さな小川が流れていたから、少し汚いが水はそこで飲んでいたのだろう。
健康そのものなホワイトシェパードは元気よくワンと吠えた。
体毛は汚れて黒ずんでいるが、紛れも無い純血のホワイトシェパードである。
シェパードは災害救助犬や軍用犬にも抜擢される知能の高い犬だ。
有名なのは黒い色をしたジャーマンシェパードだが、どちらも基本的な能力には差がない。
デメントに出てきたヒューイにそっくりだったのでヒューイと名付けて連れて行くことにした。
幸いハンヴィーには空きがある。
ヒューイは既にブリーダーから訓練を受けた犬のようで、僕の言うことを素直に聞いてくれた。
ハンヴィーに乗せると「グッボーイ」と言ってやった。
僕は男なので黄色い声は出せないがヒューイは喜んでいる風だった。
「賢いワンちゃんねえ。名前なんてえの?」
「ヒューイだよ」
「おーよしよし」
中島とヒューイは早くも打ち解けてた。
オカマは動物の気持ちが分かるというのは本当だろうか?
更に車を東に進めると、道に面した書店が目に入った。
人間の価値は知識の総体にアクセスできるか否かにあると言っていい。
サバイバルでは、幅広い知識をどれだけ有しているかが勝敗を分かつ。
スペシャリストではなくゼネラリストこそ重宝されるのだ。
通常人は知識を暗記しようとするが、忘れない前提であれば、いつでもどこでも自由に実行できる知識が最も優れている。
しかし決して忘れないなど人の身に余る技なので、かわりに本が書かれ、図書館ができ、インターネットができた。
有事の際に得られなくなって困るのがこの情報である。
水道も電気もない時代から他の生物を圧倒してきた人類が、野山に放り出されて生きていけないはずがない。
現代人は人の作ったシステムに依存していて忘れがちだが、実は水道や電気などなくても代わりはいくらでもあるのだ。
問題はどうやってそれを探すかだ。
暗記しているのなら心配はいらないが、平時からサバイバルを想定して知識を集めている人はいない。
いても専門家くらいのものだろう。
そのため、マミの言い草ではないが書店を見つけられたのは収穫だった。
四人を降ろして書店内に進むと中にいたゾンビは1体だけで、エロ本のコーナーに座っていたので撃ち倒した。
主にサバイバル関連の本を収集した。
食べられる草、発電の方法、水をろ過する方法などが書かれた本だ。
普段なら絶対に読まないだろう「核戦争に備えて一家に一冊」と銘打たれた本も盗んだ。
マミは水を得た魚のように元気になって、元気になりすぎたので頭がズキズキすると言って顔をしかめた。
彼女は文学書のある棚に行って、手当たり次第カゴに入れた。
中島は女性雑誌を数冊、田中は漫画を数十冊持ってハンヴィーに戻った。
「妙なものねえ。こんなもの役に立たないって昔は敬遠してたけど、いざ読めないとなると無性に寂しくなるんだもの。やっぱり人は知能の動物なのかねえ」
これは中島の言葉である。
「欲しい欲しいと思ってたんだけどよお、恥ずかしくてずっと買えなかったんだ。いやあ、置いてあってよかったよお」
「漫画といってもお前が本を読むなんてな。何を持ってきたんだ、見せてくれ」
彼らの本はまとめて後部座席に置いてあったので、田中の分の本はすぐ見つかった。
「お前、これが欲しかったのか……」
その本はうまるちゃんだった。




