発砲したけど当たったか?
翌朝外に出ると、街には濃い霧がかかっていた。
もう午前9時過ぎだというのに肌寒く、7月後半にしては異常すぎる気温だった。
夏用の服しか持っていない僕らは閉口した。
この世界で風邪をひいて、病院があるわけでも薬の知識があるわけでもない僕らは、単なる鼻風邪でも悪化して大事に至る可能性がある。
念には念を入れて、と今日は探索を諦めて昨日は摂れなかった食料品を探しに行くことにした。
マミをひとり工場に残し、僕は単独で街に出た。
たしか駅の方角にコンビニエンスストアが建っていたはずだ。
そこに行けば食べ物も飲み物も手に入る。
もしそこに置いてなくても、駅の近くならスーパーや自動販売機も置いてあるはずだし、最悪の場合民家に押し入って冷蔵庫を漁ればいい。
そんな考えで歩いていた僕は、途中であることに気がついた。
自分が今どこにいるのか分からない。
濃い霧の中、考え事にふけって歩いていたせいで、どの方角に行けば駅があるのか、また自分が歩いてきた方向がどちらなのか完全に見失ってしまった。
突如、後方でけたたましい叫び声がした。
叫び声というよりは、獣の咆哮が近い。
銃口をそちらに向けて、音を立てないよう慎重に物陰に身を隠し、事態を飲み込もうとしている僕の眼前にそいつは現れた。
身の丈五メートルはあろうかという巨体。
ティラノサウルスを思わせる巨大な顎。
体重を支える太く凶悪な形の脚。
蛇に睨まれた蛙のように見がすくみ、グリップを握る拳に力が入る。
呼吸が荒くなり、視界が狭く、青くなる。
大丈夫だ、気づかれていない。
このままじっとしていればやり過ごせる。
慌てなければ、下手をうたなければ平気だ。
紛れも無い怪物が、雄叫びを上げながら街を闊歩していた。
歩行のたび地鳴りのような振動が伝わり、電線が揺れる。
困ったことになった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
キマイラとはギリシャ語で牝山羊のことだ。
怪物はキマイラの姿と酷似していた。
僕はゆっくりと、背中にかけていたM24をかまえ
照準器で怪物の眉間を捉えた。
弾丸は装填済み、残された問題は、果たして銃弾が通用するのかどうかだけだ。
もしもマミがこの場にいたら、決して撃つなと言うだろう。
けれども僕は、この世界に来てはじめて自分の小ささを実感していた。
武力を持ちながらそれを使えないというのは、存在する理由がないのと同じだ。
だから僕は引き金を引くのに躊躇しなかった。
発砲音が周囲の建物に反響して轟く。
眉間に一発。
7.62x51mm NATO弾が音速の2倍を超える速度で肉を貫き、前頭葉をミキサーしたあと後頭部から出て行った。
頭蓋骨は見かけほど厚くないらしい。
ボルトハンドルを操作して次弾装填し、照準器を覗くと怪物は地面に伏したままピクリとも動かなくなっていた。
しばらくその場から動けなかった。
腰が抜けて、思うように脚が動かない。
物陰に座ったまま、怪物の死体を視るともなしに眺めていると、徐々に霧が晴れてきた。
周囲にゾンビの姿はなく、僕だけが怪物と対峙して座っていた。
状況判断しようにも頭がうまく回らない。
指には引き金を引く感触が残っている。
そうか、これが手応えというやつか……。