エゾヒグマは襲われない
ハンヴィーがT字路に差し掛かった。
右折か左折か調べるため一旦停車して地図で確認していると、道を横切る影がある。
200cm超のエゾヒグマが、ゆうゆうと道路を横切って行く。
先ほどのオランウータンとは違って、エゾヒグマの歩きぶりは余裕そのもので、爪にも口にも血がついていないのは、脱走してから一度もゾンビと戦っていないことを物語っていた。
エゾヒグマはこちらに気づき首を九十度曲げた。
僕たちと視線が合う。
自ずと銃を持つ手に力が入った。
熊の体力はすさまじく、銃弾が命中してもすぐには倒れない。
仕留めるには的確に頭を撃ち抜かなければならないが、突進している熊の頭部は激しく上下しているので、狙うのが困難だ。
過ぎ去ってくれ、と何度も心の中で懇願していると、祈りが通じたのか熊は再び向きを変えて歩き始めた。
「あれを追うのはよそう。熊が右なら僕たちは左折だ」
「了解」
熊との距離を離したいので数分発車を送らせてから、僕たちは左折した。
熊よりも恐ろしい光景を目にするとは、その時には露ほども思わずに。
左折してしばらく走っていると、所々ビルの壁面が崩落している箇所が目立つ一郭に入った。
大規模な戦闘があったのか、周囲には肉片が散乱しており、どんな武器をしようしたのか判別不可能なくらい飛び散っている死体も散見された。
「これは注意だな。鬼が出るか蛇が出るか」
気を引き締めて、警戒に意識を集中させる。
道路は行き止まりだった。
はっきり言うなら、倒壊した三階建のビルが道を塞いでいた。
そしてビルの傍には、巨大な怪物の屍が転がっていた。
「降車だ。降りて確認する」
指示をして、田中だけを車に残して三人を降ろす。
怪物に近づいてもピクリとも動かない。確実に死亡しているようだ。
僕が最初に出会ったキマイラ型の怪物が、見るも無残な姿で倒れている。
頭部に何らかの攻撃を受けた形跡があり、醜く拉げている。
もしも怪物の生命線が頭部にあるのなら、おそらくは即死だったのだろう。
頭部を潰された怪物は即時その場に倒れ伏したに違いない。
それでもまだ攻撃され続けたと見え、体中が穴だらけになっていて、片腕が紛失し両足があらぬ方向に折れ曲がっていた。
「もしかして迫撃砲が当たったんじゃ?」
マミの言葉でハッと思い出した。
迫撃砲の一発が着弾したと同時に鳴り響いた、怒号にもにた雄叫びの音。
訓練時には都心方向に遠征する予定がなかったから、好き放題に撃ちまくったのだ。
とすると、後半に撃った弾が着弾した一箇所がこの一郭というわけだ。
何十発も撃ったと言っても、まさかビルを倒壊させるだけの威力とは思わなんだ。
「引き返そう。ここには目ぼしいものはなさそうだ」
「ちょっとぉ、なんかこれ引っかかっちゃってェ、どうやるの?」
見るとオカマの中島が銃の一部を服に引っ掛けてたじろいでいる。
引き金に指をかけたままウネウネと身をくねらせているではないか!
「動くな中島! じっとしていろ!」
「キャッ」
暴発した銃。
弾はマミの耳の上をかすめて飛んでいった。
傷のサイズとは裏腹に大量に流れ出る血液。
マミは自分に何が起こったのか咄嗟には把握できず、困惑している。
「馬鹿野郎!」
「野郎じゃないわよ!」
中島から銃を取り上げて、マミに駆け寄った。
「大丈夫だ、少しかすめただけ。額の傷は浅くても派手に血が出る」
僕はBLEACHに出てきたハゲているあの人の台詞を言った。
走行中、マミの頭に包帯を巻いていると、正気を取り戻した彼女が言った。
「撃たれたとき、頭のなかに家族とあなたの姿がいっぱいに広がっちゃって……」
「それは家族でも僕でもない。死神ってヤツだ」
それはイノセンスでバトーがトグサに言った言葉だった。




