ピンチをチャンスにチェンジ
都心部のゾンビが一斉に西側に移動したということは、逆に都心部が今空いているということだ。
これまでは立川市から西側にある街にしか行けなかったけれども、ゾンビに出くわさないのなら国立や国分寺まで足を運べる。
事態はむしろ僥倖と言えた。
立川市ではなく、日野市上空にゾンビが集中しているうちに、できるだけ広範囲を調査しておくべきだろう。
斥候部隊はなるべく速やかかつ迅速に広範囲を攻めて、可能なら生存者捜索も含めて行っておきたい。
「そういえば前に三人は新宿まで行ってたんだよな」
日本刀を盗みに、新宿まで線路伝いに遠征したというエピソードを思い出し、鈴木に尋ねた。
「あの頃はまだパニックの真っ最中だったから、危険もなくかいくぐれたのかも。何が入っているか分からない箱なら開けられる理論さ。ミミックや翅型がいると分かってたら行かなかっただろうね」
「寝泊まりはどうしたんだ? 三日間で往復したんだろ」
「三日間で睡眠をとったのは一度だけ。残りは歩き通しだった。隠れたり、殴りあったりしながらね。暴徒化した連中ともやりあったよ。今頃はどうしてるか……」
「どこで寝たんだ? まさかホテルに泊まったわけじゃあるまい」
「高架の隙間だよ。柱を上って、道路と柱の間に空間があるのを見つけて、そこに敷物をして寝た」
「それじゃあ快眠だったわけだ」
「うん。十ニ時間ぐっすり」
どうやら都心部は人類を寄せ付けない超危険地帯ではないらしい。
渋谷区連合がヘリで飛んできたのだから、無人になっているはずはないのだ。
他の生存者も予想以上にいるかもしれない。
「質問なんだが、ハンヴィーで三日間探索するとして、どこか人気のない場所でニ晩泊まれると思うか」
「状況によって、としか言えないな」
「歩行タイプ・飛行タイプがもぬけの殻、マンホールを移動する奴も立川以東には未到達で、脅威となるのは霧と大型のヤツだけだった場合はどうだ」
「難しいことには変わりないが、デカイ奴はしょっちゅう雄叫びをあげるからな。まったく気づかずに近づいてきているってことがありえないから、出会ったときに戦うにしろ逃げるにしろ、車の操縦さえミスらなければいけるんじゃないか」
「メンバーはどうする。田中は確定でも、僕と君が出払ってる最中に万が一のことがあったら……」
女性陣を残して、トラブルに対処しきれるかどうか。
「俺は残るよ。そのほうがいい。マミとオカマの中島を連れて行けばいい」
「ありがとう。君は黒田官兵衛並に頭が切れるな」
「どちらかというとナポレオンの側近ミュラだな。調子の良い時には良いが、駄目な時は駄目なのさ」
「なんだかムーミンのスナフキンだな」
「YouTuberのホラフキンかもな」
こうして遠征のメンバーが決まった。
決行に移すのは明後日。
非常時に備えて飲料・食料を6日分携えて、目指すは三鷹駅という計画に相成った。
最低でも西国分寺までの状況を調査したい。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
銃口を銅ブラシで掃除していると、非番で酔っ払ったマミがグラスを片手に二階へ上がってきた。
平時なら日本酒を一升飲んでケロリとしている彼女も、今日は羽目をはずしたい気分らしい。
「ねえ、何しているの?」
「銃のメンテナンスだよ」
「なんで?」
「弾がまっすぐ飛ぶように」
「へんなの」
面倒臭さと可愛さと可笑しさを足して割ったような絡み方をするな、と思った。
「本が読みたいなあ」
「田中のパンフレットを読めばいい」
「あれは燃やしちゃったじゃないの」
「そういやそうだったな」
「忘れんぼなの?」
適当な返事でも、酔っ払っているマミにはツボに入ったようで、彼女はケラケラと笑った。
セブ島での旅行中ずっと不機嫌だったマミは、近頃ずっと楽しそうである。
「国分寺から帰ったら私とデートしてちょうだい」
「いいけど、工場の敷地内でだよ」
「水族館デートをします」
「行っても魚なんていないよ。みんな餓死してる」
「私たちは餓死してないね?」
「餓死してないよ。さっき夕飯を食べたろう」
「へんなの」
彼女が酔っ払っているのを初めて見る。
こういう感じで酔っ払うのならウェルカムだな、と僕は思った。




