ヘリコプターが街上空を舐め回すように飛ぶ
都心から飛来したヘリコプターは、立川市上空を数十分にわたって飛行し、その後西方へと飛び去っていった。
救助が来たと勘違いして騒ぐ新人を黙らせるのには一苦労だった。
あれは救助ではなく、自分たちの力を誇示するためのパフォーマンスだというのに……。
その日見張りを担当していた阿澄が、真っ先に事態を察知して、小型無線機で知らせた。
僕はそのとき野菜に水をやっていて、ヘリコプターの音さえ聞こえていなかった。
遥か彼方の点にしかすぎなかったヘリは、どんどん大きくなり、やがて爆音と共に街上空に飛来した。
それが救助のヘリでないことを知ったのも、見張りの阿澄が一番先だった。
機体に「渋谷区連合」の文字が描かれている。
僕たちが日野市役所でやってことと同じだ。
観察を続けると、どうやらヘリコプターは報道用の機で、武装のたぐいは積んでいないことがわかった。
その代わり一定間隔で花火を投げ捨てていて、ヘリの真下では爆発する音が鳴っていた。
彼らの思惑が一体何なのか掴みかねていると、田中がボソッと言った。
「ゾンビ引き連れて、どうする気だよお」
都心のほうに集中してゾンビがいることは、僕たちも予測していた。
それを音で釣って、西方に誘導しているのだ!
なんのために? それは彼らなりの計画があるに違いない。
そのためにはゾンビを排除する必要があった。
だからこうしてヘリコプターを飛ばして、誘導している最中なのだ……。
「こっちはどう動く。奴らに宣戦布告でもするか」
鈴木が照準器から目を離さず言う。
「分が悪いな。空からじゃあ太刀打ちできないうえ、工場の上で停止されてみろ。一瞬でゾンビ大行列の中心地だ」
「見て、あの量」
マミが指をさす。
ヘリよりも遅い翅型ゾンビたちが、遅れて大量にやってくる。
「ずっと追いかけてきたのか」
鈴木の銃を持つ手は震えている。
「みなさん落ち着いてください。このまま待機していれば、ゾンビたちはこちらに気づきません。どうか慌てずに」
そう言って皆を落ち着かせようとしたものの、僕自身どうしたら良いのか具体的な案は浮かばなかった。
それになんとなく敬語で喋ってしまった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
ヘリが飛び去ってから数分後、遅れてやってきた翅型ゾンビの群れが頭上を通過していった。
羽音が奏でる爆音はヘリコプターの比ではなく、まるで審判の日に鳴り響くという終末の音だった。
ヘリを追って西方へ消えてくれたからいいけれど、立川上空で止まられたら一巻の終わりだった。
「ひとまず危機は去ったと見てよさそうだな」
安堵しながら言うと、皆の緊張もほぐれたのか、和やかムードが戻りかけた。
しかしその時である。
「助けてください! ヘリの人! 戻ってきてください!」
日野市役所の放送だった。
去っていった翅型ゾンビの一部がUターンして引き返してくる。
安堵しかけたムードが一瞬にして張り詰め、僕の顔からは血の気が引いた。
やめさせようにも市役所に連絡する術がない。
けれども野放しにしていては、音を聞きつけた群れ全体が戻ってくるだろう。
〽ヤーレンソーランソーラン ヤレン ソーランソーラン (ハイハイ)
男度胸は五尺のからだぁドンと乗り出せぇ波の上 (チョイ)
ヤサエンエンヤーーーァサーァのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ
トチ狂ったのか日野市役所ではソーラン節までかけ始めた。
音量もあがっていて、群れの半分がUターンする。
「これはもうだめかもわからんね」
僕は諦観して言った。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
日が沈むまで日野市上空の状況を見守っていた。
無数のゾンビが舞い、時折急降下するのは市役所を襲う動作だろう。
夜になってからは通常のシフトで見張ることにして、僕は暗い中一人で湯につかっていた。
水を節約するために、今では風呂は数日に一度だけである。
翅型ゾンビに居場所をさとられないよう、しばらく夜は無灯で過ごす。
屋根と壁で囲まれている風呂は唯一光が漏れない構造になっているので、ロウソクを一本だけ点けておく。
日野市役所は壊滅した。
加えて街の危険度は急上昇し、今後は気軽に外出できなくなった。
今までも気軽には出掛けられなかったが、今度のは桁が違う。
日野市役所に寝起きしていた31人の冥福を祈って、手を合わせた。




