飲む
「これだけの量を運ぶんじゃあそりゃ時間がかかるわ。滅茶苦茶つかれたろう」
今朝作ったばかりのバーに腰掛けて、非番の僕と鈴木、田中は杯を重ねていた。
野菜嫌いの田中でも酒は飲めるらしい。
初めて飲んだというバーボンを美味そうに飲む彼は、口当たりの良さに気を良くしてハイペースで注いでいた。
「疲れたには疲れたんだけどさ、酒集めは別にそうでもなかったんだ。あのオッサン、次から次へとものすごいスピードで酒を集めていって、俺たちはそれを運び出すだけでよかった。バーの中にいたゾンビも、バーテンらしき男が一人いるだけだったから、あいつ がポン刀で斬って終了」
「おかしいじゃないか。それならあんなに時間を食うはずがない」
僕はバスティーユをストレートでやっていた。
甘い味と香りが特徴のフレンチウイスキーだ。
ウイスキーとは思えない強い甘さがあるので、女性でもぐいぐいいける珍しい酒だ。
「問題は帰りさ。アレに出くわしたんだよ。例のマンホールにいるっていう」
「マンホール・ミミックか」
「それだ」
鈴木はラムをぐいっと煽ると、コップをテーブルに置き、こめかみのあたりを指で押す仕草をした。
その様子から、かなりの強敵だったことが容易に想像できる。
「それでどうだったんだ、実態は」
「あれは確実に足長手長だった」
「足長手長というと、妖怪の?」
「ハンヴィーがマンホールの上を通ったらよお、バックミラーで蓋が動くのが見えたから車を停めたんだ。みんなそんなモン見てねえって言ったけんど、俺ぁ絶対に見たと言い張った。50m離れた位置からM24で蓋に向かって三発、そしたら蓋が吹き飛んで、中からお出ましって寸法よお」
「その姿が、足長手長だったってわけか」
「そうだ。正確には手足の長い1体のゾンビだったがな」
手長足長は、手の長い一人と足の長い一人が肩車している妖怪だ。
「足長手長とは違うじゃないか」
「NO NO! そいつには顔が二つあったのよお。胴の部分に二つ、大きいのと小さい顔が」
その姿を想像して、ブルッと身震いをする。
人外の怪物ならまだしも、中途半端に人の形をしているほうが一層恐い。
「戦力はどうだ。俊敏か、怪力か、知能が高いか、跳躍力が優れているか」
「脚が速かった。50mなら3秒くらいだろう。一瞬死を覚悟したよ。反射的に引き金を引いてなかったら、全員殺されていた」
「倒したのか」
「当たらなかった。でも音に驚いたのか、俺たちから10mほどの距離で立ち止まって、欽ちゃん走りで路地に消えてった」
「それは、恐いな……」
マンホール・ミミックは撃退したけれど、発砲音を聞きつけた他のゾンビに囲まれたので、処理に追われ時間がかかったのだという。
その間橋部氏は車の中でガタガタ震えているだけで、まったく戦力にならなかったという話だ。
「よくやってくれたよ。二人は存分に飲んでくれ。俺はそろそろ御暇するとしよう。あんまり飲み過ぎても、マミがうるさいもんでな」
「まだしばらく飲んでから上に戻るよ。二人にはそう伝えてくれ」
「アイアイサー。田中はどうする?」
見ると田中の姿はなく、視線を下にずらすと酔っ払ってぶっ倒れている田中が、大いびきをかいて眠っていた。




