一階にバーラウンジを作る
宇宙戦争の映画では、避難した民家か何かで家主のオッチャンからウイスキーをごちそうになる。
本のほうでは逃げるときにウイスキーを持っていく。
つまみにビスケットと肉も持っていく。
それを思い出した僕は、酒には賞味期限がないんだっけか、と皆に話した。
なるほど理屈にはあっている。
瓶内でも熟成するワインは、長期間放置しても腐るどころか価値が増す。
一方でウイスキーやブランデーは瓶内熟成しないけれど、アルコール度数が高いのでまず腐らない。
徳用の4リットルウイスキーと消毒用アルコールを混ぜているときには気づかなかったが、飲もうと思えば飲めるのだ。
どうせ飲むのなら良いヤツを飲みたい。
せっかく無銭で飲むのだから、贅沢したいではないか。
「それならいい場所を知ってるぜ」
都内にいくつもの行きつけのバーがあるという橋部元久がニヤリとした。
「立川でならあそこだな。ハンヴィーを出してくれれば、一級品を揃えて戻ってくるぜ」
僕も是非着いて行きたい思いだったが、あいにくその日の見張り番は僕とマミだったので、泣く泣く田中と鈴木が護衛の任に当たることになった。
「それじゃあ行ってくるぜ」
走り去っていくハンヴィーを眺めながら、僕は密かに涙した。
彼らが戻ってきたのは夕方になってからである。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
待っているのは退屈で死にそうだった!
マミにチョッカイを出して遊ぶのはもう飽きた。
敷地では阿澄が新人訓練の監督をしている。
うるさくするとゾンビが寄ってくるので、掛け声なしの体術訓練だ。
駅上空をふらふら飛んでいた翅型ゾンビがこっちに向かってくる気配がしたので、ひきつけてから撃ち落とした。
「なんで撃ったの」
マミが文句を言った。
「こっちに来そうだったろ」
「来ないわ、方向が全然違ったじゃない」
「有効射程に入ったら仕留めてもいい決まりだったはずだ。当たったってことは、射程内にいたあいつが悪い」
「でもあんなに遠くにいて……もう知らない」
僕らの腕前はかなり上達していて、命中率が格段にあがっていた。
先ほど仕留めたゾンビは、工場から700m以上は離れていた。
有効射程ギリギリの獲物にも、20%程の確率で当てられるようになった。
こんなやりとりを夕方近くまで続けていると、遠くにハンヴィーの姿が見えた。
だいぶ長い時間かかっていたので皆心配していた。
敷地内に車が停まって、三人が降車する。
「荷物を運ぶのを手伝ってくれ。いやあ大量大量」
彼が持ち出してきたのは確かに一級品ばかりだった。
・グレンドロナック21年
・シーバスリーガル25年
・ロイヤルサルート21年
・マッカラン・レアカスク
・マッカラン・ファインオーク21年
・バスティーユ
・竹鶴21年
・山崎18年
・ラフロイグ32年
・ジョニーウォーカー ブルーラベル
・アルマニャック・ド・モンタル 1932
・マルセル・トゥレプー 1931
・シャトー・ド・ロバート 1918
・レジェンド・オブ・キューバン・ラム
・エルドラド・デメララ 21年
・ポルフィディオ・アネホ
・エラドゥーラ・レポサド
僕が注文した発泡酒はやはり腐っていて駄目だったという。
それにしてもよくこれだけの品を集めたものだ。
うち何種類かはダース単位でハンヴィーに積んである。
「ウォッカは入ってないようだね」
気になったので質問した。
答えたのは鈴木だった。
「ウォッカはこのタイミングじゃないそうだ。キャビアとやるのが一番美味いんだとよ。キャビアの缶詰はないからな。あのオッサン、何者なんだろうな」
翌朝僕たちは早起きして一階の工具棚を整理した。
不要なものは一箇所にまとめてどけておいて、板で棚を補強して即席のバーラウンジへと変貌させた。
カウンターには杉の一枚板を三枚繋げたテーブルを用いた。
木なので上をスーッとは出来ないが、杉のカウンターなど他では絶対にお目にかかれまい。
かくして工具が散乱していただけの一階はバーラウンジに生まれ変わった。
それにしても橋部氏は、自分たちは近いうちにここを出ることになるのを覚えているのだろうか。




