みんなで木星の音に耳を傾ける
携帯電話を持っていない僕たち五人とは違って、日野市民の皆は携帯を持っていた。
しかし電力が供給されておらず、ネットにもつながらない現在、携帯電話は無用の長物である。
ただし、ネットが繋がっているときにつけっぱなしにしていた動画は、充電があれば視聴できる。
人工的な電波に飢えていた僕たちは、一縷の望みにかけて8人の携帯を調べてみた。
すると、筋肉質な飯島幹夫の携帯がYou Tubeの動画を読み込んだままになっていた。
Jupiter soundsと題されたその動画は、木星が発しているもろもろの磁場や電波を可聴領域に拡大したもので、僕も昔まとめサイトに貼られているのを聴いたことがあった。
再生ボタンをタップすると、ホラー映画のBGMのような音声が流れる。
実際に木星に行ったところで聴ける音ではないのは知っているけれども、木星の画像と合わせて聴くと、妙な説得力がある不思議な力を感じる。
13人が輪になって、木星の音に耳を傾けている。
まるで怪しげな儀式にも映る有様だったが、皆の表情は真剣そのもので、一秒も聴き逃すまいとしていた。
はるか昔から宇宙に浮かんでいる木星にとっては、地球表面で起こったゾンビ騒動など雑音に過ぎない。
そんな考えが頭に浮かんで、意識は遠く宇宙の彼方まで飛んで行くような感覚になった。
聴き終わって携帯を幹夫に返すと、僕は皆から少し離れた位置に行って、窓の外を眺めた。
夕闇に沈みかけた街を眺望できるこの時間帯、超自然的なパワーがゆらゆらと湯気みたいに天空へ昇っていくイメージが湧いてくる。
「すごかったね、木星」
気づくとマミが隣にいた。
「本当は行けるはずだったんだよな、人類は」
「木星に?」
「そう、木星に。それだけじゃない。いずれは太陽系外に進出して、多くの星々に移住するはずだった。そうすれば惑星規模の災害が起こっても、種としては何の影響もうけない。思うに生命の最終目的は他の惑星に移住することだったんじゃないかな。種の繁栄が未来永劫約束されているのは、個人の不老不死と等しいし」
木星の衛生エウロパには水の海があると言われている。
木星との潮汐力で生じた熱が凍った地殻を温めて、溶け出して大規模な地下海を形成しているというのだ。
液体の水があるところには生命がいる可能性が高い。
それが微生物だとしても、環境が安定していれば基地を建てて住むこともできるかもしれない。
いいたとえではないが、人間は宇宙にとってのゴキブリみたいな存在を目指すべきだ。
発生したのが運の尽き、増えて増えて増えまくる。
どこにでも住み着く。
そして更に増える。
実はエウロパ以外にも木星は水のある衛星を持っている。
「おそらく」の話だけれど、カリストとガニメデにも液体の海が地下にある。
ガニメデにある水は地球よりも多いという。
2015年の発表だから、ちょっと信頼してもいいかなという気持ちになる。
「信じなくてもいいけどさ、もしもこんなことになってなかったら、今年か来年、遅くても2020年には天文学史を揺るがすような大発見があったと思うよ。人の可能性は無限大だ。今は宇宙なんてって思うかもしれないけど、きっと未来では月や火星が隣の国くらいの感覚になって……いたはず」
「そうかもね。ゾンビなんていなかったら、宇宙は人間のものになってたかも」
「そんなに簡単に信じていいの? 僕が適当に言ってるかもしれないのに」
僕は生物の大演説で失敗してからナイーブになっていた。
「信じるわよ。当たり前じゃないの」
「どうして?」
「どうしてったって……」
彼女は僕の方を指差して言った。
「目でわかるよ」
それは漫画プラネテスのタナベが言っていた台詞だった。




