マンホール・ミミック
盛岡聡志が語った信じられない話。
初期の頃、日野市役所に集まっていた人々は調査隊を結成して、定期的に市内の見回りを行っていた。
日野市内のゾンビは、彼が見た限りでは立川市よりも断然少なかったという。
翅型ゾンビ出現後、ここ立川市でもゾンビの数がめっきり減った。
以前は大規模グループに遭遇することもままあったが、現在は見かけなくなった。
翅型ゾンビ後の立川市よりも少なかったとは、日野市はかなり安全だったと思われる。
「それが悲劇の始まりだった」
聡志は言った。
「ある時、食料調達に坂を下って、駅前のいなげやに向かっていた。途中にあるラーメン屋の調味料一式は既に手を付けていたから、いなげやまで行くしかなかったんだ……。遠征隊は全部で8人いた。初期の頃には動ける人も大勢いてね。今ここにいる中で、当時の遠征隊に加わっていたのはオイラだけさ。そこで悲劇を見ちまった」
「なんだよお、怖い話ならよしてくれよお」
「道の端を歩くと、店舗や民家に潜んでいるかもしれないゾンビに襲われる。だからなるべく道の真中を歩くようにして8人は進んでいた。立川より田舎の日野だ。廃車の数も少なくて、ぜんぜん余裕だぜってその時は思ってた。でも駅に近づいて、あのマンホールの上を通りかかったとき、そんな甘い考えは瓦解したよ」
「マンホールがどうした?」
彼の話しぶりはなかなか洗練されていて、僕も惹きこまれてしまった。
「急に蓋が動いて、左にスライドしたんだ。下水道工事の人が中から出てくるみたいに、すごく丁寧なスライドの仕方だった。オイラたち全員その場で釘付けになったよ。なにせ今までにない状況だったからね。全員、マンホールの近くにいた。後から考えたら、それを察知して蓋を開けたんだな」
「開けたって、中に誰かいたの?」
「わからない。三メートルはありそうな長い腕が二本伸びてきて、そこにいる二人を中に引きずり込んだ。一瞬、何が起こっているのかわからなかった。体を動かせるようになったのは、もう一回腕が伸びてきて、俺の親友とその彼女を穴に押し込めたのを見てからだった」
「紙とペンある? 想像図を描きましょう」
中島拓郎が甲高い声で言う。そういえば彼はオカマだった。
彼が描いたのは、マンホールにすっぽり嵌ったウツボカズラみたいな生物だった。
ウツボカズラとは、虫を捕まえて食べる食虫植物の一種だ。
原種でも成長して15mほどになるケースがあると聞くが、腕が生えているなど聞いたことがない。
「私たちはソレにマンホール・ミミックと名付けたの。なぜかって? それはダークソウル3に出てくるミミックの腕と、ソレが酷似していたからよん……」
いよいよわけが分からなくなってきた。
ゾンビならまだしもミミックとは、これじゃあまるでサイレントヒルである。
「待ってくれよ、聡志さんはマンホールから逃げたとき、中の様子を直接見たのか?」
「目視すること叶わじ、ですぞ。近寄っていればオイラも今頃あの世にいまする」
「それじゃあその想像図は当てっずっぽうってわけだ。僕たちは何度も、腕が常人の二倍あるゾンビの姿を確認している。もしかするとその一種がマンホール内に巣食っていて、聡志さんたちを襲ったのかも」
「二倍? 二倍だと?」
聡志さんは自分の片腕をピンと張って強調する。
「あれは確実に三倍以上はあった。あれはゼルダの伝説時のオカリナに出てくる、デドハンドの腕みたいな気味の悪さだったよ。あの井戸の底と闇の神殿に居る中ボスさ」
僕たちがハンヴィーを走らせていた時には、そのような腕は現れなかった。
不自然にあいているマンホールの蓋も無かったし、聡志さんが語ったことが本当だとするなら、腕は一体どこに消えたのだろう?
地下を自由に移動できるなら、ここ立川市に紛れ込んでいてもおかしくはない。
事前情報がないまま遭遇していれば、聡志さんたちがそうだったよう、驚きのあまり硬直して対処が遅れていたはずだ。
「ありがとうございます。今後はマンホールに近づく際は注意しておきましょう」
「俺ぁもう近づきたくねえよお!」
マンホールの怪に、翅型ゾンビ、消えた蛙似の怪物、霧の謎。
調べなければならない問題が山積みだ。




