返答/新人/訓練
日野市役所からの返答を聞きに向かったのは、豪雨から一週間後の月曜日だった。
はっきり言って、僕たちの工場から日野市役所までの道のりは、もはや遠くない。
何日もかけて道を整備して、ゾンビを排除するための罠も仕掛けておいたのだ。
ゾンビの嗅覚を侮ってはならない。
だからアイアムレジェンドでやっていたのと似た方法をとって、高純度のアルコールを撒いておいた。
消毒用の工業用アルコールと、4リットルのウイスキーをポリタンクに入れて散布するのに、僕、田中、阿澄の三人が当たって計12日かかった。
その成果は十分にあったと言っていいだろう。
もちろんアルコールの気化を鑑みて、効果がなくなるのは相当速い。
しかしここ数日、日野市役所に救援物資を届ける際ゾンビに出くわした回数はゼロだった。
残暑の残る9月上旬、僕たちは打診した案の返事を聞きに日野市役所にハンヴィーを飛ばした。
返事を聞きに行くだけなのだから、武装は必要ないとマミは言っていたが、万が一に備えて全員にM4A1を携帯させ、M72 LAWも一本積んでおいた。
どれも急襲には不向きな重鈍な武器ばかりである。
抑止力としては重く大きすぎるうえ、小回りがきかず実際の戦闘で効果を上げられるのは、僕かマミくらいだ。
実は僕らは密かに大学でゾンビ愛好会を結成していて、二回生の時から年に二回マカオに射撃訓練へ行っていたのだ。
訓練と言ってしまっては大仰に聞こえるかもしれないが、日本人が射撃に行くといえばマカオくらいで、アメリカ本土やそれ以外に行く人間はごく僅かだ。
韓国などにも射撃演習場はあるが、なんといってもマカオの演習場には豊富な銃器がある。
前に一度マミに「ロシアに土地でも買ってそこで撃ったらどうだ」と訊いたことがある。
ロシアなら戦車でも何でも買って自由に撃つことが出来る。
彼女は「嫌よ、社会主義国なんてまっぴら」と言っていた。
社会主義の是非はともかくとして、抑止力としてレミントンM870ショットガンの一つは欲しいところだ。
ショットガンであれば素人でも扱いやすいし、何より地下や屋内で戦う際に自動小銃よりも小回りがきく。
まあ愚痴はさておいて肝心の日野市役所騒動についてそろそろ語っておくとしよう。
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結論から言うと、市役所にいた若者4人のうち3人が同行に快く応じてくれた。
長老(年配の男性はグループでそう呼ばれていた)たちも若者が志願したのに反対する気はないらしく、餞別とばかりに色々な備品をくれた。
他には5人の男女が僕たちについてくることに同意した。
計8人が僕たちの傘下に加わることとなり、ハンヴィーには全員乗りきれなかったので、工場に向かうには車二台を出さなくてならなかった。
運転手同士の打ち合わせは田中ともう一人の男性に任せておくとして、僕には言っておきたいことがあった。
白髪頭の男性を呼び寄せて握手したあと、彼だけでなく周りに数人いた避難民に対してこう宣言した。
「我々ニッカポッカ連合は、日野市役所グループと一心同体であります。困ったことがあれば即救助を求めてください。即時駆けつけて対処いたします。今後とも要請があれば物資の類は差し上げますし、動ける方であれば訓練もほどこします」
感涙にむせびなく白髪頭の男を振りほどくのには、案外時間がかかった。
ハンヴィーが後ろに白いバンを従えて発進する。
四階の窓から、何人も手を振っているのが見える。
これからどんな困難があろうとも、彼らの忠義には尽くそうと思える光景だった。
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ここで仲間に加わったメンバーを紹介しておこう!
・重田真純 23歳(女)
・盛岡聡志 30歳(男)
・中島拓郎 25歳
・眞鍋剛志 41歳(男)
・飯島幹夫 56歳(筋肉質)
・田嶋晴海 52歳
・北村宗次郎 58歳(男)
・橋部元久 44歳(男)
上記の8人である。
拓郎と真純、聡志にはそれぞれ統括を行ってもらうため、訓練をほどこすことにした。
訓練は訓練でも基本的な射撃演習と遠征を想定した打ち合わせ、筋トレくらいのものだ。
全員が歳上なのに、僕に対して敬語で話すので「やめてください」といちいち言わなければならなかったのは、若干気まずかった。
あまりがちだった自動小銃が役に立ったのはいいが、最初から銃器を持たせてアクシデントが起こっても大変なので、8人には暫くの間工場の一階で生活してもらって、経過次第で移動する旨を説明した。
後々8人には僕らが占領したマンションを一棟あてがうつもりだ。
そのうちに占領しに出掛けなければ……。
彼らに住んでもらう予定のマンションは、まだ偵察すらしていない。




