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暴風雨の最中BBQを行う

挿絵(By みてみん)


台風が関東地方を直撃した。

人工衛星からの情報を得る術がないので本当に直撃したのか確かめられないが、低い土地は浸水し、風で植え込みの木が薙ぎ倒されるほどの荒れ模様の中、僕たちは偶然手に入れた牛肉30kgを平らげるべく、工場の二階に急設したバーベキューセットに悪戦苦闘していた。


事の発端は、食料調達で街を周っているときに降りだした大雨だ。

軍用車両なのでたいていの雨風は凌げると思っていたが、急に雨脚が強くなり、通るはずの道が冠水していたのを目の当たりにして、事態の深刻さにようやく気づいた。


迂回するべきか否か迷い、周辺地図とにらめっこして最終的に下した判断は、一時避難。

一旦屋根のあるところで雨脚が弱まるのを待つというものだった。


支持を受けた田中が駐車した場所が、食肉加工工場の冷凍庫がある横だった。

室内は惨憺たる光景だった。

腐った生肉に虫が湧いて、羽化した幼虫が更に肉にたかってを繰り返したのだ。

今なお虫がくっついたままになっていて、僕と田中、阿澄は顔を背けた。


広い部屋を通り抜けると、最奥部に巨大な扉があった。

施錠はされておらず、手動のハンドルを捻って開けるタイプの冷蔵庫である。

僕たちは顔を見合わせ、ハンドルに手をかけた。


ギギ、と音をたてて扉が開く。

すると隙間から真っ白い冷気が漏れ出してくるではないか!

当然ハンドルを回す手にも力がこもる。

扉を開けきってから中を確認すると、伽藍堂がらんどうの一郭にぽつんと凍った肉塊が鎮座していた。


その肉塊は、まるで僕たちがここを訪れるのをずっと待ちわびていたかのような神々しさだった。

ここでクーラーボックスなどに入れて持ち帰るのは邪道だ。

なぜなら長期間保存されていた肉は解凍が命であり、解凍法をひとつ間違えばグズグズの駄肉になってしまうからだ。


自然解凍や流水解凍、電子レンジで解凍するなどいくつか方法があるが、僕はこれを人肌で解凍することに決めた。

ハンドルを握る田中に抱きかかえられるよう設置された肉塊は、生まれて初めて自分の居場所を見つけ喜んでいるようだった。

「冷てえよおぉ、どかしてくれよおぉ」

(さすがに可哀想だったのできちんと三人で分担して解凍した)



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



チェーンカッターで切ったフェンスを三枚重ねて網代わりにし(洗って消毒した)ブロックを積んで下に炭を放り込めば即席のBBQセットの出来上がりである。

肉を焼くならやはり炭焼きに限る。

冷凍肉は解凍して、まだ少し凍っている状態が一番美味い。


だというのに僕と田中が解凍を終えようとしている頃になっても

炭に火をつける係の三人がぜんぜん捗っていなかった。

チャッカマンでひたすら熱しているが、盗ってくる最中に濡れてしまったのか難航しているようだ。


「つかないわ。鈴木ちょっとかわって」

「アイアイサー」


マミは一旦離れて、奥のほうでゴソゴソやり始めた。

僕は田中に肉を渡し(何せ30kgだから苦労する)マミに何を探しているのかと尋ねた。

彼女は再度BBQセットのところに戻って、鈴木からチャッカマンを受け取ると、カチッと音がして


「燃えた! できたよ!」

「おおう、ファイヤーって感じだ」

「火とか久々に見るかも」

「五右衛門風呂のときも燃えてるだろ」

三人が楽しそうにはしゃいでいる。


「どうやって火をつけたんだ?」

僕が近づいて聞くと、マミが耳打ちをした。

「田中のパンフレットを貰ったの」


炭に火をつけるときに紙を使うのは邪道だが、致し方あるまい。


それから肉を焼き、僕たちは無我夢中で食らった。

生鮮食品などもう二度と食べられないと覚悟していたのに、天啓に等しい肉塊の登場である。

食べている間会話もせず、飲み物もほとんど飲まず、田中に至っては生のまま(嘘)肉をひたすら口に押し込んだ。


刑務所に長く服役していた囚人は、生の食品に飢えていて出所後には嘔吐するまで寿司などを食べるのだという。

僕らの状態もそれと似ていたのかもしれない。

30kgあった肉は5人で綺麗に平らげられ、後には欠片すら残らなかった。


食後、僕たちはちょっとした時間に肉の感想を言い合った。


「これで充電満タンって気持ちだよお!」

「久しぶりの満腹って感じね。やっぱりお肉を食べると違うわ」

「でも食べ過ぎちゃった。あんまり美味しいんだもの」

女性陣もご満悦の様子である。

鈴木は離れて食後の一服を楽しんでいた。いつもは一本のところを、今日は三本吸っている。


「あれは近江牛だな。脂身が少なくてまさにBBQのための肉って味がした」

「いやあ! あれは松阪牛だったよお!」

「お前、うまい肉=松阪牛だと思ってないか?」

「違うんか?」

「やれやれ、お前はパンフレットでも読んで勉強しとけ」

「そうする」


パンフレットを取りに行った田中の後ろ姿を眼で追いながら、何か忘れているような気がしてマミと目が合った。


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