魂がぬけル~
田中がクリスチャンに覚醒めた。
彼が寝ているときに、僕が彼の上着の内ポケットに新興宗教のパンフレットを突っ込んでおいたら、翌日覚醒めてから一心不乱に読みふけっていたかと思うと、急に立ち上がって
「俺ぁもうキリスト教徒なんだなぁ」などと宣った。
「だけど洗礼を受けなくちゃなれないよ」僕が言うと
「心が肝心なのよお、心が」と返してきた。
彼にとってはそこのところが重要だったのである。
このご時世、神に祈って救いを求めるのは別に間違っていない。
科学も軍隊もゾンビの前に敗北して、最後に残ったのは神様仏様というわけだ。
だが僕が突っ込んだのは新興宗教のパンフレットであって
純粋なキリスト教のパンフレットではないし、聖書でもない。
だのになぜ彼がキリスト教徒に覚醒めてしまったのか、興味が湧いた。
「いいじゃないの、信仰の自由は憲法で保証されてるんだから」
マミはそう言って笑っていたが、内心で田中を哀れんでいるに違いない。
「そうよお、心が重要なのよお、心が」
彼は心、心と繰り返して言った。
ミルキーホームズにそんな名前の奴がいたな、と僕は思った。
「俺は閃いちまったのよお」
いつもならこのへんで黙ってぼうっとし始める田中も、今日だけは若干しつこい。
彼の金髪はもう既に伸びた髪でプリン化していた。
「その昔、聖アウグスティヌス様が仰ったのよお」
「なんと言ったんだ?」
彼はパンフレットを両手で持ち、それを目の前に広げると、国歌斉唱する甲子園球児さながら高らかに読み上げた。
「信仰をもってはじめて決着のつく問題は無数にあります。信仰を欠いては生も終わらないでしょう!」
彼の言わんとしていることが予測できてしまった。
「信仰を欠いては生も終わらない……つまりはよお……ゾンビになるってことじゃあ……」
「だけどお前は今の今まで信仰を欠いてたんだろう? ゾンビになってないのはおかしいじゃないか」
「いいや……俺の家は真言宗よお……」
「お題目の一つでも言えるのか?」
「言えない」
即答して、田中は急にぼうっとして鼻歌を歌い始めた。
「それにだな、たぶんそのアウグスティヌスが言ってる信仰はキリスト教のことだから、理屈からするとさっきまで真言宗徒だったお前はゾンビになってなきゃおかしいぞ」
「いいじゃないの、本人がそれでいいって言うんだから」
マミは執拗に田中をかばった。
「マミ、いいのか。君の家はカトリックなんだろう」
「いいのよ。あの人たまにわけがわからないけど、根は優しいのよ」
田中は鼻歌でアメージング・グレースを歌っていた。
神のもたらした恵みを称える曲だ……。