驚くべき人々
早朝、鈴木の訪問に叩き起こされた僕は急ぎ広場に向かった。
なんでも深夜に前哨基地付近をうろついていた不審な集団を捕縛し、夜が明けると同時に広場へと移送したのだという。
夜に何度も連絡をよこしたとのことだが、昨夜の僕はまともに連絡を取れる状況ではなかった。
代理として鈴木が移送の指揮をとり、今に至るというわけだ。
早朝にもかかわらず広場には多くの人が集まっていた。
移送されてきたという人々はひと目でわかった。
群衆の中心に一列に並ばされ、両手を頭の上で組んでいる老若男女。
全員が鋭い目つきで群衆を睨んでおり、一触即発という雰囲気だ。
「쪽발이 빌어 먹을」
「なんだ、何語だ? 誰か分かる人はいないか?」
周りにいた人たちに尋ねると、中から一人の女性が歩み出てきた。
「韓国語です。日本人は糞だと言っているみたいです」
「なんで糞なのか聞いてみてくれるか」
「わかりました」
穏やかな口調で質問する女性とは対極的に、韓国語を喋る人たちは大声でがなりたて、今にも殴りかかりそうな勢いで身を乗り出した。
「우리조선의용대들은 용서하지 않는다!!!!!」
後方に銃を構えた警備員がいなければ本当に殴りかかってきただろう。
「どうだ、なにかわかったか」
「はい。我々は朝鮮義勇隊だと言っています。日本を統治するために韓国からやってきたと言っています」
「ほう。鈴木、ちょっと」
僕は鈴木を呼び、群衆から離れたところで真偽を話し合った。
ゾンビが世界を壊滅させ、僕達のような生き残った人類が自給自足の生活をはじめてから既に4年が経過している。
中規模、大規模の共同体が力をつけているという事態は考えられなくもない。
しかし、僕達のいる特区ですらゾンビの侵入を防ぐだけでやっとなのだ。
自称韓国人の人数は全部で18人。
もしも韓国に大規模なコミュニティがあったとして、日本を侵略しようなどと考えるだろうか?
考えたとして、たった18人で侵略に来るだろうか?
鈴木は「どっちでも同じだ」と言った。
少なくとも韓国語をペラペラ話せる日本人はあまりいない。
それだけで韓国に縁のある人間だと断定できると彼は言う。
それから、彼が前哨基地から受けた報告では韓国人たちの武装はK2、韓国軍が使用しているアサルトライフルだったという。
「捕縛したときの状況を聞いたんだが、奴ら銃を使う様子がまったくなかったらしいぜ。捕まえたあとに調べてみたら、残弾数が全員合わせて30発しかなかったんだと」
「ここに来るまでに使い果たしたってわけか。でもギリギリだな。よくもまあそんな状態で統治するなんて言えたもんだ」
「いや、奴ら本気だと思うぞ。捕縛したとき、奴らは数十体の強化ゾンビと交戦していたんだと。こっちが無傷だったのは隙をつけたからだと香菜が言ってた」
「銃も持たずにどうやってゾンビと戦うんだ」
「それが、釘バットでタコ殴りにしてたって話だ……」
釘バット。
その響きに僕は身震いをした。
これではまるでテコンダー朴に出てきたチョッパリをどつき隊じゃないか……。
捕縛された人たちのところに戻ると、僕は通訳を介して会話を試みることにした。
18人の中で一番ものわかりの良さそうな中年の男に近づき、警戒させないよう笑顔を作り、僕は言った。
「こんにちは。事情は分かりませんが、とにかく争うのはやめましょう。我々はあなた達を歓迎します」
通訳が喋り終えるやいなや、中年の男は大声で笑い始めた。
そして「いきなり差別かよ? 日本人野郎らしいな」と言うではないか。
「おい、様子が変だぞ。ちゃんと伝えたのか」
「ちゃんと伝えましたよ。一語一句そのまま」
慌てた通訳が必死に弁解する。
通訳が嘘をついても何の得にもならない。
会話は根気である。
ここで怒っては未来永劫彼らとは分かり合えない。
韓国文化は儒教の影響を強く受けているが、中国や日本に伝わる儒教とは根本的に異なる考え方をしている。
原理主義と言うべきか、曲解が多分に含まれているのである。
どちらが上でどちらが下かということが何よりも重要であり、上の者はどれだけ尊大に振る舞っても許される。
年齢、年収、体の大きさなど様々な要素で順序が決まるが、こと日本人相手だと無条件で自分たちのほうが上だと判断する習慣が根付いている。
ここは下手に出て情報を聞き出すしかあるまい。
「神の国の住人であるところの韓国人さん、どうか我々下々の者にお教えください。あなた達がここに来た理由はなんですか。どうやってここまでたどり着いたのか。ここにいる18人で全員なのか」
すると中年の男は饒舌に語りだした。
要約すると以下の内容である。
元々彼らは200人を超える規模のコミュニティに属していた。
朝鮮半島の軍事境界線に駐屯していた韓国陸軍兵と、ソウルから逃れたイルベ民のグループから成る集団である。
ゾンビ発生直後、人口の多い都市部を避けひとまず北朝鮮内に逃げ込んだ彼らは、そこに集落を作り、打ち捨てられ放置された北朝鮮軍の武装を使いながらなんとか生き延びていた。
しかしあるとき、平壌方向から飛んできた戦闘ヘリMi-24に襲われ、コミュニティの半数を失なった。
韓国人が38度線を越えたことに将軍様がお怒りになったのである。
無慈悲な鉄槌がくだされた。
命からがら韓国まで逃げてきた彼らは思った。
これはもう日本を攻撃するしかない、と。
イルベ民が混じっているとはいえ、反日パワーはここぞというときに力を発揮する。
日本憎しで船を操り、荒波に揉まれながらも日本海(彼らいわく東海)を渡り、対馬で少し休憩しているときに寿司女のゾンビに襲われこれを撃退。
寿司女ゾンビがキムチ女ゾンビよりも若干強かったことに劣等感を感じ、またもや反日パワーがマックスまで高まった彼らは、そのテンションで釘バットをこしらえて、ゾンビをボコボコ殴りながら東京まで来たという経緯であった。
「ソウルが火の海になったのを見た。東京も同じようにしなければ気が済まん」と中年の男は言った。
「もう同じだよ、ここも。火事があった、台風が来た、地震が起きた。全員ゾンビになった。たくさん殺した。国家があるのかどうかすら分からない。おそらく中国も、ロシアも、どこだって同じだ」
「分かってる。俺が憎む日本はもうない。帰るべき韓国もない。だけど俺達にはもうこれしかないんだ。何もかもメチャクチャになって、仲間が死に、最後に残ったのがこれだった。俺は死ぬ瞬間まで反日でいたい。だから兄さんも、最後まで日本人として俺達の敵であってくれ」
彼は皮肉めいた笑みを浮かべ、空を見上げて「オモニ……」と呟いた。