生存者の中規模グループと接触する
市役所の防災行政無線が鳴ったのは、八月も終わろうとしている頃だった。
ブツンという音のあと数秒の沈黙があり、ザーッというノイズがしてから、男性(おそらく30代以上)の声で話し始めた。
「こちら、えーと、日野市役所です。職員ではありませんが、緊急事態なので無断で放送しています。現在、私たちのグループは日野市市役所を拠点として生活しています。どなたか救助に来られる方は、助けてください。怪我人が多数います。包帯、薬、飲料が不足していて、非常に悪い状態が続いています。それから――」
雑音がないせいで、隣市の放送が聞こえてきたのだ。
放送はここで止まってしまった。
脳裏に浮かんだのは渋谷区連合を名乗るグループの放送だ。
だが日野市役所を拠点としているグループは、渋谷区連合のような荒々しい態度ではなかった。
ここに来て多発する生存者の信号。
グループによって状況はバラバラらしく、生活するのがやっとで救助を求める集団、日本を統治するという放送を流すくらいには余裕のある集団が、現在僕たちが知っている生存者グループだ。
「接触可能なのは日野市だな。渋谷区に行くつもりは最初からないし、行くとしても危険すぎる」
「放送を聞くとよお、あんまり深入りしないほうがいい感じだけどなあ」
「助けに行ってあげましょうよ。こっちには物資があるんだし、どのくらいの人数かにもよるけれど、力にはなれるわ」
「マミはこう言っているが、鈴木と阿澄はどうだ」
「私はマミに賛成。助けてあげられるなら、助けてあげたい」
「俺は、どっちとも言えんな。相手方の状況がぜんぜん見えてこない。具体的に必要な物は何か。市役所から逃げなければならないほど荒廃しているのか、物資さえあれば残るつもりなのか」
鈴木の言う通りだった。
彼はジッポライターをプレゼントしてから機嫌がよく、読みも鋭くなっていた。
「それでも僕は行ってみたい。どうせ九月頭くらいに日野市まで遠征する予定だったし、道もあけてある。目指す場所も確定したとなれば、行かない理由がない。懸念事項は鈴木の言うとおり相手の人数だ。僕に考えがある」
考えとはつまりこうだ。
悲しくも渋谷区連合の真似事になってしまうが、緊急時にそんなことは言っていられない。
人は、助かるとわかった瞬間安心して、被扶養者的な態度を甘んじて受け入れてしまう。
逆に攻撃にあった場合は、生存本能と言うべきか生来の凶暴さを取り戻して、勇敢に戦う。
これを利用して、明らかに助けに来た様子でない格好で助けにいけば、相手が瀕死の重傷なのか、それとも協力して共に生活していける戦士なのかがはっきりする。
さしあたっては準備として、明らかに救助隊ではない格好をする必要がある。
それはコスチュームように一様で、攻撃を体現したかのような暴虐性を兼ね備えた服。
ニッカポッカである。
五人全員ヘルメットに作業着、ニッカポッカという出で立ちで市役所に向かい、あくまでも交流ではなく調査を目的として接触する。
最低限の救援物資は持っていくけれども、必要以上にベタベタすると更に多くの物資を要求してくるかもしれない。
武器さえあれば自分たちで調達できるポテンシャルがあるのかどうか、本当はじっくり判断したいけれど、今回の接触目的は戦力の増強。情に流されてはいけない。
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小高い丘の上にある市役所にハンヴィーで乗り付けると、駐車場にはゾンビの死体が点々としていた。
エンジンの音を聞きつけてか、四階の窓に大勢が体を貼り付けて見下ろしている。
策が功を奏して、駆けつけた瞬間に救助を待つ人々が車を取り囲むといった事態は避けられた。
ハンヴィーの両面にペイントを施して、朱くオドロオドロしい書体でもってデカデカと「ニッカポッカ連合」と記してあるのだ。
そして車から降りるのはニッカポッカを履いた五人。
皆同じ格好をしていて、手にはHK416を手にしている。
「田中、フリだけしろ、フリだけ」
田中は銃口を四階に向けて、腰だめに撃つ姿勢をとる。
すると蜘蛛の子を散らしたよう誰もいなくなり、代わりに一階からホールドアップした数人の男が現れた。
「我々に闘争の意志はありません。ここには私たちの他に誰もいません。食料も水もごくわずかしかありません。どうぞお引き取りください」
白髪頭の男が、慇懃に頭を下げた。
それに倣って、左右にいた二人の男も頭を下げる。
趣味ではないが、計画のため致し方なく、僕は銃を構えた。
「ここには何人いる。正確に答えろ」
「はい、全部で39人です」
「怪我人はどれくらいだ」
「半数が軽傷を負っていて、5人が自力で立つこともかなわない重症です」
「動ける若者は何人いる」
「若者はあまり居ませんで、4人くらいしか」
「呼んでこい」
五分後、4人の若者が駐車場に出てきた。
待っているあいだに鈴木とマミがハンヴィーから積み荷を下ろした。
「これを中に運べ。水と包帯、簡単な薬が入っている」
若者は黙々と荷物を運んだ。
僕は計画を第二フェーズへ移行させる。
白髪頭の男性に歩み寄って、笑顔で握手を求める。
が、「助けに来ました」とは言わない。
「僕らは同盟員を探しています。ここにいる若者を借りて行ってもよろしいでしょうか? それから志願する者も。僕らはこれで去りますが、返事はまた後日あらためて聞きに来ます」
パッと破裂音がする。
田中が発砲したのだ。
銃口が向いている方向には、ハンヴィーを追ってきたゾンビが坂を上って、市役所めがけて隊列をなして歩いてくるではないか。
「撃て、撃て」
四人が発砲している間、僕は白髪頭の男性らを誘導して市役所内に入らせ、駆け戻って発砲を続けている四人にハンヴィーへ乗れと指示した。
「出せ」
発進するハンヴィーの銃座から上半身を出し、ゾンビを惹きつけるべくベレッタ92で射撃を試みる。
ゾンビたちは方向転換して、市役所ではなく僕たちに興味を示して、来たとき同様隊列をなして坂を下った。
「これで良かったんだろうか」鈴木がため息混じりに言った。
「デモンストレーションとしては最適解だったんじゃないかな」
予想外のゾンビ攻めだったが、僕は今回の遠征に満足していた。
あとは彼らの返事次第である。