北東区域のバランサー
翌日、北東区域に足を運んだ僕たちは、なるべく目立たないよう行動した。
当初は出会ったゾンビを片っ端から撃ち殺していく予定だったけれども、残弾不足が深刻な部隊の戦力は限られている。
最小限の消費で最大数の敵を倒すためには、まずは相手の弱点を把握しなければならないということで、ひとまずは観察に徹することにしたのだ。
東北アジアのバランサーで知られる韓国と同じ要領で、僕たちは棘付きゾンビの姿を探した。
途中で街角に地蔵が立っていて、顔をよくよく見ると観世音菩薩坐像に似ているではないか。
これはしめたと思い、仏像を持ち帰ろうと手をかけてもびくともしない。
こんなに重いものを持って海を渡った韓国人は、やはり宇宙の起源たる民族にふさわしいと言えよう。
冗談はともかくとして、本日一体目の針付きゾンビとご対面である。
朝早くに前哨基地を出発し、昼前に針付きゾンビと遭遇。
ゾンビは特区から北東にまっすぐ行った場所をのそのそ移動していて、棘がアスファルトに接触する不快な音を周囲に撒き散らしながら、どこへいくともなく動き回っていた。
ゾンビの後方20mにいる僕たちは、見つからないよう最新の注意をはらい、一定の距離を保ちつつあとをつけた。
なるほど、こうしてみると本物のウニのようである。
ウニが針を使って移動する様はyoutubeでも見られるので是非見てほしい。
実際、ウニは海中だけでなく陸にあげても針で動くことができる。
「不気味」
香菜が言う。
彼女はGM-94のグリップを握りしめている。
「撃つなよ」
「わかってるわよ」
注意した僕の顔を、キッと睨む香菜。
睨んだときの表情がどことなくトランプ大統領の娘イヴァンカに似ている。
それならば僕は息子のバロンになろうと思い、とっさに顔真似をして見せた。
そのときである。
突如としてけたたましい音が響き、20m離れた位置にいる僕たちのところにまで砕石が飛んできた。
身構え、針付きゾンビに目をやる。
「気づかれたか?」
バロンの顔真似をしていてよく見ていなかった僕は、近くにいた鈴木に尋ねた。
「いいや、見てみろ、違うゾンビがいる」
彼に言われた方向に視線を移すと、僕たちがつけていた針付きゾンビとは違う個体の針付きゾンビが曲がり角からズッと身を出した。
こちらの個体は小型で、そのぶん針の長さがある。
二体の針付きゾンビは互いに警戒しあっていた。
針をガチャガチャと鳴らしているのは威嚇のつもりだろうか。
僕たちの視線などはそっちのけで睨み合う二体の針付きゾンビ。
先に動いたのは小型のほうだった。
転がるようにして身を相手にぶつけ、本体に針がめり込む。
しかし、相手に針を刺すということは自分にも針が刺さるということだ。
どす黒い体液があっという間に地面を覆い、悪臭が振り撒かれる。
これから昼食だというのにこんな光景を見せられてはたまらない。
こみあげるものをグッとこらえ、AKMの銃口を針付きゾンビに向ける。
黒鉛色の針が折れ、吹き飛び、建物の外壁に突き刺さる。
生物同士の争いというよりは、兵器がぶつかり合っているような迫力だ。
大きなほうが有利かと思いきや、小型の針付きゾンビの長い針が効いているようで、大型のほうが苦戦している。
おそらく針のうちの一本が急所を貫いたのだろう。
大きなほうの針付きゾンビが力なく転がり、動かなくなった。
それはまるで、これまで虐げられてきた小国が大国に対し一矢報いているように思え、隠喩といえども他人事とは思えなかった僕は、自然と目頭が熱くなった。
「YES、WE DID!」
僕は叫んだ。
力の限り叫んでいた。
鈴木や香菜が驚いた顔で僕を振り返る。
彼らは針付きゾンビに気づかれることを危惧しているのだ。
けれどもそれがなんだというのだ。
気づかれてもいい。
「YES、WE DID!」
勝利した小型の針付きゾンビにエールを送るのだ。
よくやった、よくやってくれた。
お前はゾンビ界のロドリゴ・ドゥテルテだ、と!
小型の針付きゾンビは深手を負ったらしく、僕の声援にはまったく興味を示さず、元来た方向に踵を返して去っていった。