続・狩り
コンビニのバックヤードにある、宅急便の箱が多く来たときに使う台車にポリタンクを乗せ、僕は走った!
段差に蹴躓かないよう片手でポリタンクを押さえつつ、全力疾走で黒い塊に突進する。
既に飽和攻撃が開始されている。
自動ドアから走り出るとき、横で腹ばいになって発砲しているマリナと目が合った。
彼女は瞳で「死なないで」と言った。
攻撃の中心地にいる針付きゾンビは、撃たれていることに気づき移動を始めようとしていた。
ビスビスと針に銃弾が当たる音は、遠くからでも容易に聞き取れる。
ゾンビの動きが緩慢なのは、銃弾が通用していないことを意味している。
余裕しゃくしゃくというわけだ。
腕利きのガンマンは的に当てる能力に長けている。
当てられるということは、逆に外すこともできる。
全方位からの一斉射撃!
銃を用いての戦闘で最も恐れるべきは同士討ちだ。
撃ったら最後、弾の軌道を変更することはできない。
味方の銃弾が僕の頭を貫く確率は10パーセント。
問答無用で即死、痛みを感じることさえない。
頭以外の部分に当たる確率は30パーセント。
弾の種類によっては死なないだろうが、激痛で悶え苦しむことになる。
無数の跳弾のうちの一発が体に当たる確率は50パーセント。
あれだけの弾を弾き飛ばしている針付きゾンビの付近は死地に等しい。
針付きゾンビが移動すれば、それだけ僕に銃弾が当たる確率も増す。
敵はもう目前まで来ている。
目に見えない速さで銃弾が飛び交う中を走るのは生きた心地がしない。
今だ!
僕はゾンビの下部に生えた棘の間に二つのポリタンクを滑り込ませ、台車を放り出し、踵を返した。
去り際に、ちょっと格好つけたくなったので右手でベレッタ92を抜き、左手と交差させる動きをして後方に二発撃った。
ポリタンクに穴が空き、中の液体が漏れ出る。
いくら風通しがいいといっても、至近距離でガスを吸引すればなんらかの影響は出る。
「撃てェ!」
僕は叫んでいた。
もうみんな充分撃ちまくっていたのだけれど、その掛け声とともに一層射撃が激しくなったかのように感じられた。
コンビニまで駆け戻った僕は、そこでようやく緊張から解放されて、マリナの横にうつ伏せで寝転んだ。
「ちょっと、血出てますよ」
「ん?」
見ると肩と太ももから出血している。
銃弾がかすめたのだろう。
興奮状態にあった僕は痛みに気づかなかった。
「平気だ、痛くない。それよりもっとガンガン撃て」
僕は自分の銃を構え、針付きゾンビの下部を重点的に狙った。
針の1,2本折るだけでも動きが鈍くなるだろうという淡い期待を込めて連射する。
「効いてるのか?」
「動きませんね」
依然として針は動かしているのだが、転がる気配はない。
銃弾の雨は徐々にだが本体に当たっているようで、地面にはおびただしい量の血液が流れ出ている。
やがて自重を支えきれなくなったのか、下部の針がミシミシと音を立て始めた。
5mある体がガクンと下がり、折れた針が前方面に吹き飛んだ。
1mはあろうかという巨大な針が、コンビニの壁に突き刺さる。
示し合わせたかのように射撃が止んだ。
僕とマリナは外に出た。
遅れて他のメンバーも潜んでいた建物から出てきた。
巨大な生物を仕留めたという実感はない。
塊は身動きができなくなっただけで、今でもモゾモゾ動いているからだ。
僕たちは倒れた塊の前に集合した。
「これどうする」
鈴木が言った。
「弾も残り少ししかない。今日はこのまま帰るしかない」
「まだ動いてるぜ」
「ああ、しぶとい野郎だ」
遠方に展開していた香菜と阿澄のグループがやって来た。
「帰ろう。明日こいつを燃やして処理する」
僕は言った。
「これって一体なんなの」
香菜が言う。
「見た感じだと針付きゾンビの親玉ってところだな」
「あの突進見た? あんなのが来たら特区の壁なんてこっぱ微塵よ」
「壁の補強も急がないとな」
「アラ、あんた怪我してるの?」
中島が僕の服についた血を見て言った。
「かすり傷だ。さあ、そろそろ移動しよう」
倒したという実感が得られない戦闘に、僕たちは全員ブルーな気持ちで帰還することになった。
早急に針付きゾンビの対処を考えなければ、特区の不安は残ったままだ。
その晩、僕たちは前哨基地に泊まることにした。
明日もまた針付きゾンビを狩りに行くから、ロスを少なくするためにも近いところで休んだほうがいい。
採取した針は警備員が交代するときに持たせて、ユキに届けるよう言っておいた。
「香菜、前哨基地にある武器が見たい」
「いいわよ、こっち来て」
まさかゾンビ相手に火力不足に悩むはめになるとは思わなかった。
明日の捜索ではメンバーの装備を変える必要がある。
この際贅沢は言っていられない。
「GM-94を持っていくか……」
「弾がそんなにないわよ」
正直にいって、グレネードランチャーに頼る戦法はとりたくなった。
できれば通常の弾丸で仕留められるようにしたい。
しかし、銃弾を湯水の如く使ってようやく一匹を倒すのでは効率が悪い。
「結局ユキが分析を終えるまでは物量戦でいくしかないのか」