ゾンビハンターには少しの努力で誰だってなれるんだよ
棘付きゾンビ退治には、特区内の残存兵力のうちでも選りすぐりのメンバーで向かう。
最初は特区周辺を中心に巡回するので大丈夫だとは思うが、僕たちが出払っているあいだ、特区の防御機能はゼロに等しくなる。
サラッと退治などと言ってしまったけれど、棘付きゾンビの影響はかなり深刻で、もはや一刻の猶予もない。
できれば一日で片付けてしまいたいが、難しいだろう。
退治には数日、あるいは数週間かかるかもしれない。
何日かけてでも排除しなければならない脅威。
それが棘付きゾンビだ。
朝早く、僕は鈴木、阿澄と門へ向かった。
道中、見送りに行くという特区民の少年と一緒になった。
彼はまだ10歳になったばかりで、最近ようやく拳銃を撃つ訓練をはじめた子供だった。
「あの、僕も後白河さんみたいに、ゾンビに負けない男になりたいんです。どうやったら後白河さんみたいなゾンビハンターになれるんですか?」
子供の夢には世相が反映される。
あるときは野球選手、またあるときは公務員、そしてまたあるときは、ゾンビハンター。
僕は別にゾンビハンターではないのだけれど、憧れの対象になるのはいい気分だ。
ちょっとだけ天狗になった僕は言う。
「ゾンビハンターになりたいだって? ゾンビハンターには少しの努力で誰だってなれるんだよ。僕みたいになるというのはね、ゾンビハンターを経て、ゾンビハンターを経て、ゾンビハンターを経てェ――ゾンビハンターを経られる人間だけが、なれるんだよ。問題はね、経続けられるかどうかなんだよ」
「僕も後白河さんみたいになれるのかな」
「経続ければね」
ダウンタウンのごっつええ感じのコント『経て』から借用させてもらったアドバイスは、どうやら少年の心を打ったようだった。
少年はそれきり黙り、「経て、経て」とぶつぶつ言っていた。
そう、なにごとも経られるようにならなければ、人生は楽しくない。
「君にはこれをあげよう」
僕は予備に持っていた拳銃であるCZ 75 P-07を少年に渡した。
弾は入っていない。
「訓練ではいつもの9mm拳銃を使うんだよ。これは、君が僕みたいな男になったときに使うんだよ」
「わかりました、ありがとうございます!」
歩いているときに阿澄に話しかけられた。
彼女は僕が少年に銃をあげたことをトラブルのもとだと考えているようだった。
「いいの、勝手にあげちゃって」
「弾は入ってない」
「そういうことじゃなくて、特別待遇は軋轢を生むわよ」
「僕みたいになりたいと言ってくれた子にプレゼントを渡すのが軋轢を生むなら、僕はこの職を辞す」
「まったく……男っていつもそう」
これでいいのだ。
世の中が平和なとき、男は去勢された状態が望ましい。
闘争本能は社会にとって不利益である。
競争社会における闘争とは、実は本能によるものではなくて、相対的な価値を基準にした高度な欲求の発露である。
なにがなんでも相手を打ち負かしたいというのは競争ではない。
女は直感で生きると成功し、男は直感で動くと失敗するとリリー・フランキーは言った。
平時では直感で生きられず、男の子らしさを排斥して生きなければならなかった男性は、動乱の時代になってはじめて息を吹き返す。
率直にいって、男の子らしさを象徴するものは武器である。
だから僕は少年に拳銃をプレゼントできたことが嬉しかった。
勇敢に戦いたいという男の子に武器をプレゼントする。
平時では異様に思われるだろうこのことも、危険と隣り合わせだった頃には当たり前の出来事だったのだ。
門に到着した。
中島班から中島、眞鍋、聡志が来ている。
カズヤ班からはカズヤ、トモヤ、マリナ。
前哨基地から香菜も駆けつけてくれた。
総勢十名の部隊。
イワンの部隊には劣るかもしれないが、これが現在の特区の最高戦力である。
「行ってらっしゃい!」
少年に見送られて、僕たちは特区外へと出た。
空気がピリッとしている。
少し前に大麻狩りへ行ったとは明らかに違う。
「気をつけて。私が前哨基地から来るまでに、三回物音を聞いてる。きっとあいつらよ」
香菜が言う。
僕はAKMを握る手に力を込めた。
これが通用しなければ、ほとんど打つ手はないといっていい。
阿澄と香菜が手にしているのはL115A3だ。
中島班はKBP A-91を、カズヤ班は89式5.56mm小銃を持っている。
鈴木は唯一のショットガンナー、Vepr-12 Molotだ。
「みんな注意して進め。なにが出てくるかわからん。はぐれるなよ」
街の様子に変わったところはない。
いつも通りの廃ビルが建ち並んでいる。
しかしビルの壁面に目を移すと、そこには無数の穴があいていた。
棘付きゾンビが動き回った痕跡だ。
「あいつら、僕たちが知らないあいだに街を経てやがる……」
穴の数は膨大で、街に潜んでいるゾンビが相当数いることを物語っていた。
長い戦いになりそうだ。