どこで誰がなにしてんのか全然わからんやん
作戦決行日、部隊員は戦闘配置につき、それぞれ開始の合図を待っていた。
敵の拠点である民家を囲む形で身を潜めている隊員たちは、全員櫓の上にいる見張りに注目している。
今夜最初の犠牲となるゾンビである。
数日の調査により、深夜の見張りの人数、配置は完全に掌握していたイワン部隊。
作戦ではまず櫓の上にいる2体のゾンビを撃破したあと、道路にいる23体を射殺すことになっていた。
民家の周囲にある道に直線的に並んでいるゾンビ。
ベンズィーンとディランは四角形に配置されたゾンビを一辺ずつ倒していく予定だった。
一辺のゾンビがいなくなったところで、道路脇の草むらで待機している隊員が死体を草むらに隠す。
いくら無音とはいえ、まわりでバタバタとゾンビが倒れれば、ゾンビといっても異変に気づかないわけはない。
ゾンビが異変に気づいた場合は強襲作戦に移行する。
部隊が家を囲うよう待機しているのは、強襲作戦に移行することを見越してのことだった。
もし気づかなければ、敵のゾンビは襲撃に気づかないまま25体の戦力を失い、状況を把握する間もなく攻め込まれる形になる。
決行時刻がやってきた。
ベンズィーンとディランは別々の位置から櫓の上にいるゾンビを狙う
当然彼らは暗視装置をつけているので夜でも目が見える。
矢が放たれた。
2体のゾンビが倒れたのを合図に、地上部隊が接近を開始する。
草むらの中を、隊員たちが音もなく進んでいく。
道路の脇、草が薄くなるギリギリのところで足を止めた田中は、頭上スレスレを矢が飛んでいく音を聞いた。
矢は側溝の近くにいたゾンビのひたいに突き刺さり、哀れなゾンビは側溝に寝転がるよう倒れた。
「すごいっすね。本当に百発百中だ」
田中とペアを組んでいるのは松岡である。
「集中しろよお」
「大丈夫ですって。作戦通りですよ」
草むらの中は、秋の虫の大合唱が鳴り響いていた。
それが味方し、矢が刺さり派手な倒れ方をしたゾンビが大きめの音を出しても、拠点内のゾンビはおろか近くにいた見張りのゾンビすら気づかない。
だが、本番にトラブルは付き物である。
ベンズィーンの放った矢が、見張りゾンビの頭部を外れ、後ろにあった民家のトタン壁に刺さった。
金属を貫く甲高い音が響き、刺さった衝撃でトタン壁が揺れる。
「あ、やべえ」
「やっちまった」
死体を運んでいた田中、松岡が音に気づいて言う。
彼らが待機している地点のゾンビは既に排除されていて、音がしたのは別の隊員がいるところだということは瞬時に察せられた。
ふたりはスイッチを切り替えて、突入の構えをとった。
「松岡、あの窓割れ」
「はい、今行きますか」
「ああ、行くぞ」
ふたりが窓に駆け寄ろうとしたとき、夜の空に犬の吠える声が鳴り響いた。
機転を利かせたイワンが、飼いならした犬を解き放ったのだ。
野良犬はイワンの指示で動くよう訓練されていた。
イワンが野良犬をしつけたのはたったの数日間だったけれど、彼の才能は国宝級で、先日まで野良犬だった犬たちを数日で軍用犬に変化させてしまった。
犬は吠えながら走り、まだ立っているゾンビに襲いかかり、トタン壁に飛びかかって音を立て、ガラス戸を引っ掻いた。
民家の周辺に建つ小屋からゾンビが飛び出してきた。
ゾンビは以前野良犬と戦ったときと同様に、腕を振り回して追っ払おうとしている。
「どうするんですか。こんなの作戦にないっすよ」
「待機だよお」
「異変があったら突入じゃないんですか」
「臨機応変にやるのよお」
田中と松岡がいるのは民家の裏手だった。
裏手にまわるには時間がかかるうえに危険だからという理由で彼らがこの地点の担当になったのだが、それが裏目に出た。
彼らは無線を持っていないので、連絡をとることもできない。
落ち着きを失っている松岡と反対に、田中は冷静だった。
敵の後方にいる自分たちの役割は敵の退路を塞ぐことで、多くの敵を倒したり他の隊員と連携をとって敵を撹乱したりすることではない。
どんなに状況が変わろうが決して慌ててはならない唯一のポジションなのだ、と彼は考えていた。
「なるようになる」
犬の鳴き声が聞こえなくなってから数分が経った。
犬は一定時間暴れたあと、散り散りになって逃走した。
発砲音は一度もない。
次の瞬間、家の中に銃声が轟いた。
タタ、タタ、タタ、と二発ずつの銃声が一定間隔で響いてくる。
「行け、松岡!」
「はい!」
松岡は裏口にあった窓を割り、田中に援護されながら中に入った。
遅れて田中も室内に入った。
室内の銃声は移動していて、最初に聞こえた音は一階から聞こえたものだったが、今では音は二階からしていた。
松岡と田中は慌てずに一階を索敵し、撃ち漏らした敵がいないかを確認したあと二階へ向かった。
彼らが二階に到着する頃、銃声は三階に移動していた。
彼らが三階に行くと、既に部隊員が統率者らしきゾンビを捕まえたところだった。
ゾンビは拘束されているわけではなかったが、大量の銃口を向けられて両手を上にあげていた。
「イワン、こいつは……」
「ああ、わかってる」
そのゾンビはスーツを身に着けていた。
両腕を上げているにもかかわらず、表情は余裕そのもので笑みさえ浮かべていた。
足を組み、安楽椅子に背を預け、まさしく首領という感じのするゾンビである。
田中はゾンビがスーツを着ているなどおかしいと思い「これは……」と言った。
しかしイワンが「わかってる」と言ったのは、首領ゾンビの顔がいつか見た青年ゾンビとそっくりだったからだった。