表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/230

これがホントの菜食主義者

「ってのはどうですか」

「どうですかって言われてもなあ……ディランはどう思う」

「ちょっとわからないです」


ディランと田中、部隊員の松岡は三人で監視任務にあたっていた。

草むらに寝転がって、立場的に上の田中が双眼鏡を覗いている。

監視中、動きのないゾンビを監視するのに飽き飽きした松岡がプロフェッショナル風の口ぶりでゾンビの様子を解説してみせたのだが、NHKの番組より民放を好むふたりにはピンとこなかったようだ。


見張りをしていると思しきゾンビは、一日中道に立ったまま微動だにしない。

途中、野犬の群れと格闘になった以外で動きはなかった。

草むらの方向に逃げてきた犬は、ディランが仮拠点に連れて行った。


野犬とはいえ元飼い犬だ。

ゾンビではない生きた人間に対しては普通の犬と変わらない態度だったので、餌を与えてイワンが飼いならしている。


行き当たりばったりで闇雲に襲いかかるゾンビや犬と違い、人間の戦闘は頭で行われる。

原始時代から人間は頭で戦ってきた。

一対一では敵わないから群れ、正面から攻めれば怪我をするので不意打ちをし、馬鹿正直に対決しては不利なので罠を仕掛ける。


現代戦も同様で、勝ち負けを決めるのは諜報活動の出来栄え如何だといっても過言ではない。

敵が陣地防衛に専念しているなら、人数や防衛網の穴を把握するまでは地道な監視あるのみだ。


「ここから矢が届きそうか?」

双眼鏡から目を離し、ディランのほうに顔を向けて田中が言う。


「ギリギリですね」

「案外不便だなあ」

「じゃあ田中さんはその銃でここから撃って一発で仕留められるんですか?」

「いや、無理」

「人のこといえないじゃないですか」


草むらに身を潜め、緊張感のない会話をするふたり。


松岡は嫉妬していた。

彼はディランの参加に賛同した者の中で、最も女好きである一面があった。

女好きではあるが女に好かれない悲しい男である。

腕が立ち、顔もそれほどまずくはない彼がどうしてモテないのかというと、それは致命的なまでに空気が読めないからだった。


「後白河さんなら当てられそうっスよね」

「後白河さん? って人がいるんですか?」

「ねえ田中さん、後白河さんならこの距離でもAKで狙えますよね」


彼はこのように、複数人で集まったときに全員が知っているわけではない人物のことを話題にする癖があった。

これをやると、その人物を知らない人は否応なく盛り下がってしまうので禁物である。

他人のことなどどうでもいいと考える人が、よくこれをやって場の空気を乱す。


だが、その道で田中の右に出る者はいない。

彼は場を乱すどころか壊す勢いで突拍子もないことを言い、一周して空気を読んでいるのと変わりないことになるという奇跡ミラクルを起こす男だ。


「後白河って誰だ? AKってなんだ?」

「は?」


思わぬ返答に松岡は固まった。


「AKは田中さんが今もってるやつですよ」

ディランがAK-12を指差して言う。


「あっ、これか」

「後白河さんは特区のリーダーじゃないスか」

「あっ、あいつか」


「特区のリーダーですか。会ってみたいですね」

「俺の親友よお。ディランもベンも、シェーウたちもみんなで特区に来ればいい。帰りに相談してみよう」

「わたし行ってみたいです」


女権論フェミニズムの影響は特定の言説や集団にのみ現れるものではなく、普段の生活の何気ない会話にこそ強く現れる。

女性は旧来の価値観にとらわれるのを嫌い、わざと粗暴な態度をとってみたり、男を制御のきかない獣のように見たりする。

男性は、女性の言葉を否定してはならないと感じ、ことさらに謝ったり下手にでたりする。


「狙撃銃があれば俺も当てられるんだけどな」

田中は思い出したかのよう話題をもとに戻した。


「狙撃銃もあるんですか?」

「イワンがもってる。非常用らしい」

「たくさん武器があるんですね」

「苦労したからよお……」


「ディランさんが特区に来たら、俺案内しますよ。いい店知ってるんだ」

「ありがとうございます。楽しみです」

「あ、なんか食べられないものとかあります? 宗教上の理由でダメなものとかあったら言ってくださいね」

「は、はい」


松岡はディランが困っていることに気づかなかった。

ディランは当たり障りのない話をしようと努めたが、田中と話しているときの態度と違っては失礼だと思い、無理をして松岡のテンションに合わせた。

そうすると今度は田中が嫌な思いをするだろうと、あちらを立てればこちらが立たずの状況にディランは「頭がフットーしそうだよおっっ」と思った。


「た、田中さんはどう……」


あがり症で、男性と会話するのに慣れておらず、ふたりの男の間に立たされた彼女は限界を迎えた。

彼女は救いを求めて田中のほうに顔を向けた。

田中はなぜか目の前に生えている草を口に入れていた。


彼は別に腹が減っていたわけではなかった。

ただポケモンのキモリのモノマネをしてふたりを笑わせようとしただけだったのだ。

それが口に入れた草が思った以上に苦く、口をモグモグさせているところでディランと目が合ってしまった。

完全に草を食べている人の図となった。


意味不明なところで職人気質な田中は、見られたからにはもうキモリネタは使えないと思い、別のネタをとっさに披露した。


「これがホントの菜食主義者ヴィーガン

「謝ってください」

ディランは真顔だった。


「ごめんなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ