プロフェッショナル ゾンビの流儀
歩行ゾンビの朝は早い。
11月某日、我々の前に姿を現したゾンビは、軽やかな足取りで現場へと向かった。
自宅から102歩だという彼の職場は、民家脇の私道、ゴミが詰まって流れなくなった側溝の横にある。
生前は人間らしい名前で呼ばれていた彼も、今では他のゾンビと同様、無名の屍となっている。
名を失い、精神を失った彼の仕事は、私道に立って一日中見張りをすること。
「ア、アァ……」
ちぎれたジーパンの裾を引きずり、持ち場につくゾンビ。
その瞳は深い悲しみに沈んでいるように見えた。
半月前、大阪梅田の本部から配属された指揮官のゾンビが建てたこの拠点では、現在65名のスタッフが働いている。
ほとんどが地元のゾンビで、指揮官に指示されるがまま雑用に従事している。
生前は教職についていたという彼。
今の境遇には満足しているのだろうか。
「アアァ、ア……」
思うところはありそうだ。
午前10時、私道に数匹の野良犬がやって来た。
徒党を組んでいるらしい野良犬は、餌を求めて唸り声をあげながら見張りをしているゾンビに近づく。
そのとき、彼が動いた。
腕を振り回し、野良犬に負けない唸り声をあげ威嚇するゾンビ。
犬の一匹が飛びかかり、ゾンビの足首に噛み付いた。
ゾンビは拳を握りしめ、犬の頭を殴りつける。
口を離すまで、何度も、何度も殴る。
犬の吠える声を聞きつけた他のスタッフも加わって、犬とゾンビの攻防が繰り広げられる。
腕を振り回すゾンビは隙だらけだが、体の小さな犬は気圧されて後ずさりする。
時間にして十数分の格闘の末、殴られ続けて怖気づいた野良犬は草むらに駆けていった。
ゾンビの足首からはどす黒い血液が流れている。
見るからに痛そうだ。
Q.痛くないんですか?
A.アア……
ゾンビ稼業も楽ではないということだろうか……。
生前は、中学教師。
先生と慕われ、彼を訪ねてくる卒業生も多くいた。
勉学は身を助け、恋愛は心を助ける。
それがゾンビ(彼)の流儀。
昼食の時間。
先ほどヘルプに来たゾンビと共に食事を摂る。
一人ずつ決められた量の肉が、指揮官の指示によって運ばれてくる。
道路脇の日向で得体の知れない肉塊に群がる彼らは、どこか悲しげに見えた。
彼の働きぶりをしるために、我々は指揮官のゾンビがいる民家の三階に向かった。
もとあった家に増築したという三階部分。
室内にはスーツを着た指揮官ゾンビがいて、我々を出迎えてくれた。
「彼らはよくやっていますよ。文句も言いませんし、食事も少ないだとか言ってきませんしね。本部にいた頃は、まあいろいろと不満の声を聞いたものです。こっちの人たちは大人しいんじゃないですか? 配給の肉をちょろまかしていた上官が食われるなんてことがザラにありましたよ。ほら、関西だと我を通さないと損みたいなところがあるから」
指揮官が、彼らを個別名で呼ぶことは一度もなかった。
「見分けですか? つきませんよそんなもん。やることをやってくれたらそれでいいんです。え? いえ、彼らは訓練しようが話せるようにはなりません。我々は最初から位階秩序がはっきりしとるんですわ。あっちはあっち、こっちはこっちとね。どこもそんなもんだと思いますけどね」
位階秩序がはっきりしている。
ゾンビの世界は、我々が思うより複雑なのかもしれない。
午後、見張りをしていたゾンビ(元教師の彼)の身に異変が起こった。
やはり犬に噛まれたのが影響しているのだろう。
下半身が震え、満足に立っていられなくなった。
それでも健気に立ち続ける彼。
座って休むことはできない。
休憩時間外に座っているところを上官に見つかれば、どんな目にあうか分からないからだ。
今度ばかりは、同僚のスタッフに助けてもらうわけにはいかない。
脚が震えるのもかまわず、彼は見張りを続けた。
なにもできないと知っていても、他のスタッフは彼のことを気にかけているようだった。
「アアァ……」
「ウウゥッ……」
心配しているかのような吐息を漏らす同僚。
持ち場を離れられない彼らは、自分の持ち位置から彼のいる方向を眺めるしかできない。
心配する声が天に届いたのか、午後は何事もなく過ぎた。
作業終了を告げる指令が届くと、一日の疲れを癒やすべく自宅に戻るゾンビたち。
民家に寄り添うよう建てられた木造の小屋が彼らの家だ。
今日もまた一日が終わろうとしている。
こんな毎日を、彼らは半年間続けてきた。
雨の日も風の日も同じことを繰り返す日々。
拠点ができる前は、自力で食料を見つけ、眠る場所も毎日適当に選んでいたという。
過酷な労働でもその日暮らしの生活に戻るよりはマシだと、彼の目は言っているように見えた。
プロフェッショナルとは、
「アア……ウウッ……ア、アアウ……アアァアッ……」