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膝に矢を受けてしまってな……

挿絵(By みてみん)


矢の威力には諸説あるため、一概にこのくらいと断ずることはできない。

射手の技量、弓の大きさ、材質、矢じりの尖り具合、弾道などなど、さすがに旧式の武器だけあって銃器ほど簡単に扱えるものではない。

的の強度は古来からずっと変わらない。


変質したゾンビは例外として、人間の急所である頭部、頭蓋骨の硬度は原始時代から変わっていないのだ。

全国の弓道部でたまに事故が起こるように、人間の頭蓋骨は人々が思う以上に柔らかい。

曖昧な基準で貫通したりしなかったりする事態を避けるため、ディラン、ベンズィーンの和弓がどの程度の威力なのか示しておく。


田中たち一行はイワンの指示のもと今夜泊まれる場所を探していた。

夕暮れ間際、街は薄暗く静まり返っている。

目立つ道路ではなく、草むらに身を隠しながら進んでいた田中たちだったが、ちょうどいい民家を見つけ道路に出なくてはならなくなった。


目的地である民家の前に数体のゾンビがたむろしている。

田中はAK-12を構えようとした。


「わたしが殺ります」


ディランは言い、背中の矢筒から一本のカーボン矢を取り出した。

彼女は立ち上がらずに、低い姿勢のまま引き絞った。


現代の弓道はスポーツであり、敵を射殺す訓練ではない。

戦場では臨機応変に立ち回る必要がある。

形が大事だからといって、射るときにいちいち立ち上がっていては命がいくつあっても足りない。


放たれた矢は草むらを飛び出し、一直線にゾンビの頭部をとらえた。

平射弾道!

頭蓋骨を貫き、衝撃を受けたゾンビは後ろ向きに倒れる。

次から次へと矢が放たれ、百発百中、30mの距離から正確に頭部を射抜き、数分でたむろしていたゾンビの全員を無力化することに成功した。


「Wow……」

田中は驚いて感嘆の声を漏らす。


「田中さんもやってみますか?」

「いや、俺は遠慮しておく」


ディランの弓に張られている弦は非常に重く、田中では引けそうもなかった。

弓を射るのに使う筋肉は特殊だから、たとえ筋トレマニアであっても一日体験するだけで次の日筋肉痛になる。

良い格好しいの田中は、ディランに臆病なところを見せたくないと思い言い訳をした。


「俺も昔はお前のような弓矢取りだったが、膝に矢を受けてしまってな……」

「えっ、大丈夫なんですか?」


彼女はスカイリムをやったことがなかったので、田中のネタ振りにうまく返すことができなかった。

懲りない田中は民家に突入するとき、先陣を切って「真のノルドは退かない!」と叫びながら突っ込んでいった。

もちろん誰もつっこまなかった。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



ディランの弓術は、ゾンビパニックが起きた4年間で飛躍的に進歩していた。

それはベンズィーンも同じである。

彼女は30m以内にいる通常のゾンビであれば一撃でほふれる実力を有していた。

ベンズィーンは男なのでディランより遠距離にいるゾンビを射抜ける。


さらに驚くべきことに、彼らは60m以内にいるゾンビの頭部に八割の確率で命中させられる腕があった。

あまり使いみちはないが、放物線を描く軌道で矢を放つことによって、100mを超える距離にいるゾンビに当てることもできる。

有頂天家族で矢三郎が「我こそは現代版那須与一なり」と言って扇子を射抜いたのが鴨川越しだったとするなら、だいたい100mくらいなのでこんなものだろう。


民家の安全確認が終わり、イワンを含む三名を除いた部隊員が仮拠点で休憩をとった。

これから数日かけて交代でゾンビの拠点を観測する。


精神的にタフな者の集まりだけあって、動揺している者はいなかった。

皆いつも通りに飲んだり食べたりし、交代までのあいだ仮眠をとったり、談笑したりしていた。

ディランは田中の横にいた。


田中は「距離が近えよ」と思った。


「弓の練習しませんか?」

「なんで?」

「さっきわたしがゾンビを射ったときやりたそうにしてたから」

「じゃあ、やってみるかあ」


ディランは荷物からゴム弓を取り出し、田中に渡した。


「これ使ってください」

「なにこれ」

「弓を引くトレーニンググッズみたいなものです」

「はえ~」


田中はゴム弓を持ち、離れたところにひとり立って訓練し始めた。

ディランはそれをじっと眺めている。

「見られてるとうまくできないな」と田中は思った。


ディランを部隊に引き入れることに賛同した部隊員たちは、彼女への興味を失ったわけではなかった。

遠巻きに眺めている者の中には、彼女に行為を抱いている者さえいた。

しかしディランのまとっている不思議な雰囲気が、近寄りがたさを生んでいたのである。


彼女のバックグラウンドにある宗教観も、部隊員を遠ざける要因だった。

押せば引くような態度もそうだ。

共通の話題が見つからないのも打ち解けられない原因だ。

だから部隊員は、田中がなぜディランと親しくしているのか謎に思っていた。


「これかてえよ!」

ゴムが伸びず、腕がつりそうになった田中が言った。


「柔らかかったら訓練になりませんよ」

「そんなもんかね」

「コツを教えます」


田中の背後に立ち、ゴルフクラブを握るのを教えるような独特のエロティシズムを醸し出しながら、手取り足取りゴム弓の引っ張り方を教えるディラン。

殺意に満ちた視線を副リーダーに向ける隊員たち。

男と女とは厄介なものだ。

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