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衝撃的な結末

「それでまだなのか」

僕は尋ねた。


「まだかってなにが?」

マミが答える。


「結末だよ。まだ結末は先なのかって聞いたんだ」

「先でしょうね。少なくともイワンたちが戻ってくるまでは終われない」

「あと何日待てばいい?」

「わからないわよ。一年か、それ以上ってこともありえるわね」


気が遠くなるほどの時間!

薄氷をむかのような毎日。

尽きることのないゾンビ。


ニーチェは特定の経験を永久に繰り返すことを永劫回帰と呼んだ。

僕たちは毎日同じような生活をしている。

気がつけばゾンビを狩り、帰ってきてを繰り返している。

これぞ永劫回帰だと言いたい気分であるが、現実はそんな大層なものではない。


僕は思った。

まだ先があるのか?


人は老いるにつれ先のことを考えなくなるという。

自分の前にある道よりも後ろにある道のほうが長くなるからだ。

だが僕には過去に拘泥しなければならない理由などない。


「そんなに待ってはいられない」

「どうしたのよ急に」


彼女は首をかしげて言う。

まあ実際には首なんか傾げなかったけれど、そんなふうに言ったのだ。

こんなジョークがある。

『今どき手を揉みしだくロシア人なんかいない』


ロシア文学の登場人物がしょっちゅう手もみしているのを揶揄やゆして言ったジョークだ。

印刷された登場人物は永久に年をとらないから、彼らは永遠に手もみし続ける。

時代や流行など糞食らえとばかりにやりまくる。

20世紀になろうが21世紀になろうが、乗り物は三頭立ての橇トロイカだ。


畢竟ひっきょう、僕らと彼らに違いはない。

置かれている状況に差があるだけだ。

フィクションを楽しんでいるときに、こんなことを思ったことはないだろうか。

もしこれが現実だったら?


そんな野暮は考えないという人もいるだろう。

フィクションは現実に即したものだから、そもそも仮定することが無意味だという人もいる。

フィクションのような世界で生きるのを想像するのは難しい。


それではフィクションでない世界で、つまり現実で生きることを想像するのは簡単なのか?


「龍太郎、あなた疲れてるのよ」

マミはXファイルのスカリー捜査官のようなことを言った。

しかしこの文言は既に『所変』の6部分で使われている。


「マミ、よく聞いてくれ。最初から先なんてなかったんだ」

「どういうこと?」


彼女の表情がこわばる。

両手のひらを胸の前で合わせて祈るようなポーズをしている。


「僕たちはここで終わるってことさ」


「あなたがなにを言いたいのかまったくわからないわ」

「一番最初に覚えていることはなんだ?」

「だめ、覚えてない」


「いろいろ忘れた後に出てくる最初のことさ」

「ええと……質問はなんだったかしら?」


僕らのやり取りは『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』と同じだった。

けれどもこの作品も『所変』の7部目で既に使用されている。


「目を閉じて」

僕は言った。


「いや」

彼女は拒絶して、僕から遠ざかろうとした。


僕はマミの腕を掴んで、傍に引き寄せた。

手を背中に回して逃げられないようにする。

最初のうちはじたばたもがいていた彼女も、時間が経つとおとなしくなった。


「どうしたのよ……いつものあなたに戻って」

「僕はいつも通りだよ」

「違う……私こわいわ」

「怖がることはない。だいじょうぶ、僕を信じて」


タワーマンションの最上階にある一室。

僕たちはリビングで抱き合って立っている。

マミは窓に背を向けているから、この光景が目に入らない。

そのほうがいいのかもしれない、と僕は思った。


星新一の作品で読んだことがある。

タイトルは忘れたが、ドラマか映画か人形劇かの登場人物が主体で進められる話だった。

彼らはいつも通りの生活をしているが、ある日上空に現れた小さな点によって世界が終わることを知る。

点は次第に大きくなる。

近づいてきているのだ。

やがて点が文字であることがわかり、読めるまで近くにきたとき人々は理解する。


マミはゆっくりと目をつむる。

それに合わせて、僕もまぶたを閉じた。

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