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日常

ユキの体調が快方に向かっているとの知らせを聞き、マミと一緒にユキの家に駆けつけた。

もちろんアンナも連れていった。

ベッドに横になっているユキは、最後に見たときよりも幾分か顔色がよくなっているかのように見えた。

彼女は自力で上体を起こし(一時期はそれさえできなかった)果物の缶詰をむしゃむしゃ食った。


喜んだのはアンナである。

母親にしがみつき、そのせいでユキは食事を中断しなければならなくなった。


「一時はどうなることかと思ったけど、もう心配ないのよね?」

マミが言った。


「食べるものを食べていれば平気よ。迷惑かけてごめんね」

「迷惑だなんてとんでもないわ。アンナちゃんもいい子にしてたし、ね」


「うん!」

アンナが元気よく叫んだ。


「本当? 家じゃいつもイタズラばっかりしてるのに」

「わたしそんなことしないよ」

「嘘ばっかり」


母親の、子に寄せる愛情の美しさ。

僕も自分の子供をこんなふうに愛せるだろうか。

ちらとマミの顔をうかがうと、彼女のほうでも僕を見て微笑んだ。

いささか気恥ずかしい思いがする。


快方に向かっているとはいえ病み上がりには変わりない。

アンナとマミは一旦別室に移った。

人と会うだけでも体力を使う。

僕も後を追って部屋から出ようとしたのだが、ユキに引き止められた。


「香菜から聞いた。変なゾンビと遭ったんだって?」


大麻狩りで出くわしたトゲトゲゾンビのことだ。


「銃弾が効かなかったってのは本当なの」

「針が硬くてな。通用しないわけではなかったけど、針で食い止められて皮膚にまで届いていない様子だった」

「その針は持ってこなかったの?」


「あいにく軽装だったからな。素手で触るとまずいと思ったんだ」

「まあ、正解ね。棘のある生き物は毒とセットなことが多いから」

「ユキはどう思う」


「実物を見ない限りなんとも言えないわね。ひとつだけ確かなのは、今までにないタイプのゾンビだってこと。イワンたちが変に出くわして酷い目に遭ってなきゃいいけど」

「ともかく今はゾンビのことは僕たちに任せて、君は体力回復に専念してくれよ」

「わかってる」


「じゃあ、また明日あたり顔をだすから」

「ええ、ありがとう」


僕は部屋から出ようとしたが、扉を開けかけたときに考えが浮かび足を止めた。

振り返ると、ユキがキョトンとした目でこちらを見つめていた。


「これは雑談として聞いてほしいんだが、これまでに僕たちが見てきたたくさんのゾンビや、今回のトゲトゲゾンビなんかには、生物学的な連関がないような気がするんだ。妙だと思わないか。それに一番奇妙なのは、これだけ多くの種類がいるのにどれも取ってつけたような姿形をしていること。人間の想像力には限界があって、既存のモチーフをくっつけたりすることでしか新しいものを生み出せないという話があるけど、それはSFやファンタジー小説での話だ。なにが言いたいのかというと、ゾンビには多様性がなさすぎる。どいつもこいつもどっかで見たことあるような形をしている」


浮かんでくるままに喋ったので、とりとめもない話になってしまった。

あらかじめ雑談だと言っておいてよかった。


「私も昔気になって田中と話したんだけどね。虚構実在論ってやつ。でもそんなこと今はどうでもいいじゃない」

「そうだな、ゾンビがどこから来たのかなんて、今となってはどうでもいい話だ」

「じゃあ行くよ。また明日」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



その日、僕は鈴木、中島、カズヤと橋部のバーで飲んだ。

ちゃんとマミに許可をとった飲み会である。


「香菜とデートしたって聞きましたよ」

カズヤが言った。


「えっ、初耳なんですけどぉ」

中島は相変わらずクネクネしている。


「デートというか、呼び出されて相談に乗っただけだ」

「いや、俺も護衛で着いてったんだが、あれはそんな雰囲気じゃなかったな」

鈴木はバランタイン21年をロックでやりながら半笑いで言った。


「香菜ちゃんもついに脱思春期かしらねェ」

「そんな感じだった。部屋から出てきたとき、香菜のほうがぼうっとしてて、目がトロンてなってたんだ。俺は“これはなにかあったな”って思ったよ」


「隅に置けないわねェ。浮気? 浮気なの?」

「浮気じゃないって。香菜とはなにもしてない」


話題といえばどこの方角にゾンビが出たとか、大麻狩りで新種を発見したとかいうことしかない特区では、色恋沙汰が持ち上がった途端に噂となり尾ひれがついて街中を駆け巡る。

そういう僕も他人の恋バナには我先にと飛びついて尾ひれをつけるから、自分のときだけやめてくれとは言えない。

だから言われるがままになっていると、突然カズヤがグラスをテーブルに叩きつけた。

彼は誰がどう見ても酔っていた。


「自分、許せねえっす」


彼は22歳であるが、口調の風貌のせいで19歳くらいに見える。

ボサボサの短髪はまるで去年くらいに野球部を引退した高校生だ。

もともと童顔だというのもある。

そんなカズヤが酔っ払ってくだをまいている姿は、コワイというより面白い。


「俺、香菜のことちょっといいなって思ってたんすけど、後白河さんが手ェ出すっていうなら、こっちもそのつもりで行かせてもらいます」

「お、どう攻めるんだ?」


鈴木が面白がって燃料を投下する。


「強硬手段しかないっす。当たって砕けろの精神で、明日前哨基地に行って告白します」

「15歳に手を出したら犯罪だぞ」

「知ったこっちゃねえっす。後白河さんだって手出してるじゃないすか」


「いや出してないって」

それだけは否定しておかねば。


「若いっていいわァ」


中島がどさくさに紛れて僕の股ぐらをさすってきた。


「よせ、気色悪い!」


本当なら今日は各班のリーダー同士しんみりと飲みたい気分だったのが、どういうわけか乱痴気騒ぎとなってしまった。

しんみりするのが似合う連中ではないことはわかっていたけれど、ここまでとは思わなかった。

ユキの家を出たのが夕方頃で、飲み始めたのが六時頃。


七時過ぎに中島がフラッと外に出ていって、戻ってきたときには中島班の全員を連れてきていた。

それならばということで、鈴木がマミと阿澄を連れてきた。

アンナは留守番で、希美に子守を任せてきたとマミが言った。

カズヤが彼の班の者を連れてくると、これで旧メンバーが全員揃った。

ユキ、イワンと某田中を除いて。


「飲もう!」


僕たちは夜を徹して飲んだ。

橋部のバーにある酒がほとんどなくなり、料理用のテキーラにまで手を伸ばし飲んだ。

飲んで飲んで飲みまくった!

狭い店内は人でいっぱい。

なにがなにやらわけがわからない。


「自分、後白河さんには負けねえっすから!」

「お前まだ言ってるのか」

「なに、なんのこと?」

「マミは知らなくていい」


「ドストエフスキーの白夜が映像化されているのを知ってます?」

「前に横浜のシアターで観たな」

映画の話に夢中になる右雄と鈴木。


「クラナドは人生」

「Fateは文学」

アニメの話をする梓と理沙。

昔はアニメ好きではなかった理沙は、梓の拷問によってアニメ好きになったのだという。


どこからともなくヒューイが店に入ってきて、ワンと吠えた。

マンションに帰ったのは翌日の昼だった。

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