マミがケーキを食べたいと言う
人の体は糖分が不足すると、体内のブドウ糖が減り脂肪を糖に変えてどんどん消費してしまう。
僕たちは乾パンや鯖の味噌煮缶である程度糖分を摂取しているとはいえ
お年ごろの女の子たちにとって甘いモノが食べられないというのは、この世の何ものにも代え難い苦痛なのであった。
マミがケーキを食べたいと言い出したのは前日の夕方である。
阿澄もそれに加わって、ショートケーキ、譲歩してパウンドケーキが食べたいと言う。
田中は相変わらず「タイヤキが食いたいよお」と駄々をこねたが、無視した。
なるほど確かに甘いモノが不足すると、筋肉量が落ち眠気に悩まされるようになる。
集中力が試される作業において、糖分は救世主みたいな存在だ。
マミに「どういうケーキがいいのか」を聞くと、彼女は「まどか☆マギカに出てきた奴」と言った。
僕が「あれは店でしか売ってないよ」と言うと、「じゃあ適当でいい」と相成った。
田中に車を出してもらい、スーパーに向かう。
小麦粉や砂糖、ベーキングパウダーやトッピングの諸々は手に入るとしても、卵やバターは無理だ。
それをどうカバーするかが要なのは、言わなかったが彼女たちもそれを要求していたのだろう。
卵、バターのかわりになるもの……冷蔵庫が止まっているので、牛乳は腐っているし……。
「そういえば昔飲んだなぁ、脱脂粉乳」
田中はあのモテ仕草だという、助手席に片手を置いてバックする体勢をして言った。
「お前は何歳だよ。あ、そうか、スキムミルクで代用すればケーキができるぞ! ついでに片栗粉もいれよう」
「缶のアズキが売ってるはずだからよお、持って帰りたいよお」
「勝手にSay!」
僕は思わずレーザーラモンHGに似た口調になった。
直前に思いついたのだが、地上にあるスーパーより地下のほうが品物の保存状態がいいかもしれない。
夏なので地下に熱がこもり、虫が湧いたりしている恐れもあるが、試す価値はある。
けれども地上の日が当たるスーパーとは違って、地下にはゾンビがたむろしている。
それをどう回避するのかが問題だが、ちょうど考えているときに通りかかった建物には地下駐車場があり、地下から直接食品売り場に行くことができた。
ハイビームで地下駐車場を照らすと、計12体のゾンビがこちらに気づいて襲ってきた。
ハンヴィーで轢いて様子をうかがっていると、売り場の中からゾロゾロと30体くらいが新たに現れて、ノソノソ歩いて来るではないか。
「轢くか?」
「いや、銃座から始末する」
僕たちのハンヴィーについている銃座の機関銃は外されていたので、座席の上部にあいている穴は、単なる飾りでしかなかった。
しかし地下駐車場のような狭い場所では、銃座は大いに活躍する。
持ってきたHK416を構え、ピカティニーレールに付けられたフラッシュライトをONにすると、30体のゾンビが一瞬にして怯んだ。
すかさず銃弾を撃ちだし、一塊になっているゾンビの集団を横薙ぎに一掃すると、善は急げとばかりに車を降りて、銃は降ろさず構えたまま田中と共にスーパー内部へと進んだ。
目当ての品はすぐに見つかった。
手当たり次第に引っ掴み田中に放ると、彼がmyエコバッグに詰めていく。
「エコは大事だからよお」
品物を詰め終えて帰る間際になったとき、生鮮食品売り場の床に、おびただしい量の血液がついているのを見た。
生鮮食品は漁られていて、空のパックが散乱している。
根拠はないが、前に撃ち落とした蛙似の翅型ゾンビが漁ったのだと直感した。
「気味が悪いよお、早く帰ろう」
「音を立てないよう、注意して出よう」
工場に帰る走行中、そういえばと思い出した僕は彼にこう聞いた。
「お前アズキの缶詰はちゃんと入れてきたのか?」
「忘れたよお!」
まったく、こいつは運転はプロ並みだが、それ以外は児戯にも劣る欠陥品だ。