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ύλη-μορφή/φαίνομαι

帰り道のことである。

山道を抜けて住宅街へと来た僕たちは、前方に奇妙な人影があるのを見つけた。

夕暮れにはまだ時間があるが、空が曇ってきているので暗くてよく見えない。

山中での戦闘を想定して武器を選んだので、狙撃銃は持ってきていない。


「香菜、おまえ目が良かったよな。敵の姿が見えるか」

「うん、なんか普通と違うっぽい」


それはシルエットだけでも分かった。

歩き方は通常のゾンビと大差ない。

体格は強化ゾンビに近く、背が高く腕が長い。

そして体中から無数に生えたとげ

異様なゾンビを異様たらしめているのがこの棘だった。


僕はバイオハザード4のアイアンメイデンを想像した。

体から棘を生やしている生物は多くいる。

生物にとっての棘は、握手するためのものではない。

外敵から身を守ったり、攻撃するための武器だ。

棘のある生物には近づかないに限る。


「どうする、撃つ?」

香菜が指示を待っている。


僕はGOサインを出した。

XM8から発射された銃弾が棘付きゾンビの体に当たった。

何発か命中して、うち一発が頭部に命中した。

ゾンビは前のめりに倒れ、周囲には銃声の反響音だけが残った。


「日が暮れる前には帰りたい。急いで行こう」


歩き出した僕は、三歩目で立ち止まった。

なぜなら倒れたはずのゾンビが起き上がっていたからだ。

いや、正確には起き上がっていなかった。

ゾンビは依然としてぐったりと力なく手足を伸ばしている。


問題は棘だ。

棘が体を持ち上げて、カンブリア紀の生物ハルキゲニアよろしく歩行している。

ダスク・オブ・ザ・デッドみたいだ、と僕は思った。


「うそ、なんで死なないの」

香菜は目の前の光景に絶句している。


「逃げますか? このあたりは廃墟が林立してるんで、走れば充分に巻けます」

狩人ハンターのひとりが言った。


「冗談でしょ」

マリナはそう言って、89式小銃を構えた。


同じく梓も銃を構える。

彼女は地面に寝転がって、腕で二脚を作っていた。

本来なら敵は蜂の巣になっていなければおかしいくらいの銃弾が撃ち込まれた。


棘付きゾンビは健在である。

ゆっくりとしたスピードではあるが確実にこちらに向かってきている。

銃弾が当たった部分の棘が何本か折れた様子だったが、信じられないことに幾本かの棘は銃弾をもろに食らっても無事だった。

おそろしく硬いトゲに違いない。


雨が降り出した。

上方に張り出したゾンビの棘が、雨を受けてガチャガチャと動く。

水分を得て喜んでいるのか、はたまた水を避けようとあがいているのか。

気持ちの悪い生き物だ。


「迂回しよう。あれは硬すぎる」

「まだ試してないことがある。貸して」


香菜は僕の持っていたAKMを奪い、棘付きゾンビに銃口を向けた。

一発、二発、三発、と発射され、計六発の銃弾が撃たれた。

六発の銃弾で十本以上の棘がへし折れた。


悲鳴らしくない悲鳴が轟く!

およそ人間のものとは思えない声。

棘以外は人間の形をしているのだから、あれもまた人間であるはずなのに、悲鳴は獣そのもの。

いや、獣というよりも両生類か爬虫類が発するような音だった。


棘付きゾンビは横にあった崩れたブロック塀に飛び乗り、そのまま廃墟の中へと消えた。

その動きは目で追えるスピードだったけれども、こちらに向かってきていたときの数倍も早かった。

もしあのスピードで襲ってきていたら、と考えるとゾッとする。


危機は去ったが、棘付きゾンビが消えた廃墟に近づく勇気はなかった。

僕たちは迂回を余儀なくされた。

銃弾を消費して敵に逃げられたのは久しぶりだ。

折れた棘を何本か持ち帰ろうかと思ったが、素手で触るのは嫌だったのでやめた。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



迂回するはめになったとはいえ、夕方には特区に帰ることができた。

出発したときと同様に、壁にはしごをかけて中に入った。

欠員がないか確認し終わると、おっさんたちはそそくさと去っていた。


あのマジックマッシュルームは早ければ今晩の内になくなるだろう。

特区内でも生粋の好き者たちが今夜集まって、キノコでやる。

ラリって事故が起きないよう鈴木を派遣しよう。


僕は前哨基地に行く前にマンションに寄っていくという香菜と一緒に帰った。

鈴木と帰るつもりが、彼はキノコ祭りの監視を頼む先からおっさんたちについていってしまったのだ。


「あんなものに頼るなんて二流よね」

香菜が言った。


「ストレスがなくなるなら安いもんさ」

「馬鹿みたい」


それから50mほど、僕たちは無言で歩いた。

僕は街並みをぼうっと眺めていた。

外から戻ってきて毎回思うのは、やはりここは安心するということだ。


廃墟だらけの外とは違い、一応特区内の建物は平時の外観を保つようにしてある。

人こそ少ないものの、建物だけを見れば人口17万人の立川市がそこにある。

無人のあのビルにも、あのマンションにも、あの一軒家にも、本当は人が住んでいたのだ。


そのような生活の匂い、記憶は、廃墟からは感じ取りづらい。

特区内に多くの建物を残して、使わないのに外観を保持しているのは、過去を忘れないようにするためだった。

とくにアンナのように、騒動後を生きなければならない子供に平和とはなにかを伝えるために。


「雨だし泥だし最低の一日だった。お風呂入ってから前哨基地に行くから」


そしてできることなら、香菜にも昔を忘れてほしくなかった。


「今日はありがとう」

「べつにお礼なんて」

「約束は守るから、いつでも好きなときに言ってくれ」


香菜はもう大人だ。

15歳ではあるけれど、この世界では立派な大人だ。

彼女に勝る人間は特区内でもわずかしかいない。

だが普通なら中学生の年齢であることも事実。


腕が立つからといって仕事を押し付けるのはいかがなものか。

香菜はちゃんとストレス発散できているのだろうか?

出発からずっと不機嫌そうだったのは、日頃のストレスが原因ではないのか。


僕は香菜の横顔を見た。

雨に濡れた髪が頬に張り付いている。

キュッと唇を結んで、まるでなにかに耐えてるかのような表情をしていた。


「今日は泊まってけよ。仕事は休んでさ」

「え、なんで急に」

「なんとなく。香菜の話が聞きたくなった」


「そんな急に休めるわけないじゃない」

「休めよ。僕が連絡するから」

「昼間マリナが言ってたことを気にしてるなら違うからね! そんなんじゃないし、歳も離れてるし、それに助けてもらった身でそんな……」


声はだんだんと小さくなっていった。

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