Magic Mushroom Party
僕は二者択一を迫られていた。
腕の立つメンバーを調達しなければならないが、腕が良い人員は上層部にかたまっている。
マミに内緒で大麻狩りに行くのに、マミと繋がりのある人員を同行させたのでは意味がない。
かといって中途半端な腕の者を連れていけば、万が一の事態になったとき惨事になる。
ここは女性陣を採用するほかあるまい。
「で、なんで私たちが呼ばれたわけ?」
遠征当日、集まったのは大麻を欲している四人の男と、香菜、梓、マリナ、鈴木。
他にも植物に詳しいという狩人が何名かいる。
鈴木は喫煙者だから、彼らの行動にも理解があると思って呼んだ。
女性陣に関しては、僕に惚れているとマミが言っていたのを思い出して利用させてもらった。
本当に惚れているのなら、頼み事を聞いてくれるはずだ。
僕は事情を説明した。
「こういうわけだから、協力してもらいたい」
「べつに構わないけど、なんかムカつく」
香菜が言った。
ともあれ僕たちは出発した。
まさか正面から出ていくわけにはいかないので、警備主任の村上に融通を利かせてもらって、壁を乗り越えて特区外へ出ることにした。
目的地は特区からそれほど遠くない距離にある山だ。
その山はイワンたちの大阪遠征のルートでもあった。
予想通り、街中にいるゾンビは少なかった。
最近仕留められたと見える死体もいくつか転がっていた。
出血はなく撃たれた形跡もないゾンビの死体。
イワンの部隊がやったに違いない。
死体は道に沿って点々と続いていた。
「これ、たぶんイワンたちだよな」
鈴木がため息まじりに言った。
「だろうな」
「なんというか、いい仕事するよな」
鈴木の目線の先にあったのは、首の骨を折られて横たわったゾンビの死体だった。
目的の山には昼過ぎに到着した。
捜索を開始してから一時間、東京の山にホイホイ生えているはずもなく、マリちゃんの甘い根探しは難航した。
鈴木は捜索に加わったけれども、僕と女性陣は加わらず、山の中の開けた場所にビニールシートを敷いてピクニックを楽しんでいた。
梅雨間際の山中はじめじめしていて居心地が悪い。
「大麻って美味しいのかしら」
マリナが言った。
「美味い不味いは聞いたことないな」
「うげっ、虫に刺された最悪」
香菜は出発からずっと不機嫌だった。
「無理言って付き合わせてごめんよ。今度埋め合わせするから」
「じゃあなんでも言うことを聞くって約束して」
「わかった、約束する」
「あっ、香菜だけずるい!」
梓が言った。
「言っとくけど無理な頼みは聞けないからな。僕のできる範囲でなら聞くって話だ」
「安心して、私は無理なお願いをするつもりないから」
香菜は不敵に微笑んだ。
「そういえばマミさんに聞きましたよ。おめでとうございます」
梓が言った。
「それこそズルいわよねえ。みんなが大変なときにひとりだけ幸せになるなんて」
一瞬機嫌を直した香菜だったが、またもや語調が荒くなった。
「あら、ひとりだけじゃないんじゃない? マミさんも幸せなんだから」
マリナが言う。
「私だって素直に“おめでとう”って言いたいよ……」
「香菜ちゃんにとって武田さんはヒーローだから素直になれないのね」
「そんなんじゃないし」
「側室にしてもらえば?」
「あんた撃ち殺すよ」
「おー、こわっ」
マリナに茶化されて、香菜はマジギレ寸前だった。
本人がいるのに側室とか言うんじゃないよ、と僕も思った。
怒りながら顔を赤らめて、目を合わせなくなった香菜のことを少し可愛いと思った。
「香菜は妹みたいなもんだからな」
「俺の妹がこんなに可愛いわけがないって感じの展開ですか?」
梓が言った。
なにか言うたびに茶化されたのではかなわない。
「そんな展開にはならない。僕はあやせ派だったから」
「あ、私もあやせ派です!」
「何派だろうが関係ないのよ……」
香菜がギロリと梓を睨んだ。
音のない音楽である4分33秒を作曲したことで知られるジョン・ケージには、キノコ研究家の一面もある。
なぜ作曲家がキノコを研究するのかというと、ジョン・ケージが辞書でMusicと引いたときに、隣にあったのがMushroomだったからだという。
ちなみにマミの部屋にあった講談社カラー版日本語大辞典(第二版)で調べたところ、音楽の前項は「温覚」となっていた。
小説の前は「小節」と味気ない。
鈴木が大量のキノコを抱えてやって来た。
見るからに食用ではなさそうなキノコは、マジックマッシュルームの一種だった。
「俺じゃないぜ」
彼は尋ねられる前に答えた。
「あっちで見つけたんだ。おっさんが穫れるだけ獲って持ってけってさ」
「こんなん獲ってどうする気だ」
「食うつもりかも」
「それしかないでしょう。なに考えてるんだか」
香菜が言った。
そのうちに山の中からキノコを抱えたおっさんたちが現れた。
ビニールシートの上はキノコでいっぱいになり、座っていた僕たちはマジックマッシュルームに囲まれる形となった。
食べるなというのも聞かず、キノコには詳しいというおっさんたちはその場でバクバクと食べ始めた。
「ヒョーッ!」
わりとクールに見えた初老の男が叫んだ。
「ヒョーッ!」
続いてつば付きニット帽の男が叫ぶ。
「やばいんじゃないか」
僕は言った。
「放っとこう。片付けて帰るわよ」
言い方はともかく、香菜の意見には賛成だった。
並んだキノコをビニールシートでくるむように縛り、鈴木が持った。
その間、香菜はラリったふたりの背中を小突いて山を降らせていた。
「山になりたい、ワシは山になりたい!」
「うるさい、ちゃんと歩いて」
「ヤマカガシになりたい!」
「前見てよ、転んでも知らないわよ」
そう言いながらも香菜は初老の男の腕を支えていた。
言動はアレだが、長く前哨基地のリーダーを務めているだけのことはある。
姉御肌というか、ユキやマミとは違った意味で頼りになる。